第15章「嘆きと大地の歌」 2-15 互角
ピオラが、愛用の多刃戦斧をひっさげて舞台の上に跳び乗った。格闘戦に備え、魔力のマントは一瞬で格納して黒いチョーカーのように首に巻いた。
「大明神サマほどじゃあねえが、ゲーデルの連中には負けねえぞお!」
「ぬかしてんじゃあないよお!」
次鋒は、相手も若い女トロールだった。これは、たまたまだ。別にピオラに合わせたわけではない。背丈はピオラより少し低く、230センチほどで、体格もやや小柄だった。同じように竜革のビキニよりも小さい下着めいた姿だが、トロールたちはみんなそうなので、互いに乳白色の見事な肉体をほぼ全裸で誇示している。黒鉄色の髪は短く刈られ、胸も大きいがピオラよりはずっと小さかった。ピオラと比べると細く鋭い吊り目で、見上げるようにピオラを睨みつけていた。
名をフィランデ(本名略)という。
ゲーデル山の若いトライレン・トロールで、ダントツの女戦士だった。
ちなみに、先日、警邏中に山麓で一行を攻撃したメンバーにいた女戦士とは別人である。
重さが200~300キロはある最重量級の投擲可能な手持ち武器を扱うのが特徴のトライレン・トロールにあって、珍しく小型の斧が槍の先端に着いた竿状武器……一種のハルバードの使い手だった。と、云っても、人間が使う代物の十倍以上は重く、余裕で100キロを超えているバケモノ級の武器だ。
互いにトライレン・トロール、魔法効果があるとはいえ、刃物はそれほど致命傷にはならない。ここは打撃で勝負だ。打ち倒したほうが勝つ。
「はじめええ!!」
ラディラが叫び、太鼓が鳴った。
最初はにらみ合うのかと思いきや、スッと同時に身を沈めてから、相撲のように互いが最高速で突進した。
武器も構わず、ぶちかましだ。
ゴッッ!! と頭突きの音が響き、思わずプランタンタンとフューヴァが眼を細めて顔をしかめた。あまりの衝撃に、2人が互いに弾きあって軽く仰け反った。
そしてそのまま、ケンカをする山岳羊めいて二度、三度と頭突きをかましあい、四度目で、
「…ぅうりぃあああああ!!」
ピオラが右手で持った多刃戦斧を斜め上から降りつけた。
「フュ!!」
鋭い息を吐き、フィランデがハルバードの石突でピオラの腹を突き、動きを止める。そのため戦斧がギリギリ届かず、ピオラが押さえられてつんのめったところで、フィランデが右足で回し蹴りを御見舞いした。
ピオラがそれを左手で受け、体を開いて受け流すや同じく右のハイキックで逆襲!
しかし、なんとフィランデ、片足が受け流されて崩れた姿勢のまま、ハルバードの柄でその蹴りを受け、巻き落としにして強制的にピオラの足を石床につける。
体勢の崩れたフィランデはそのまま勢いに逆らわず左に転がって、長柄武器を持ったまま器用に受け身をとってピオラと距離を取った。
「互角だ!」
ルートヴァンが瞠目した。
「だね!」
オネランノタルも、空中で愉快げに口元をゆがめる。
仕切り直しとなり、ピオラも一息ついて、多刃戦斧を右手にひっさげながらゆっくりと歩き、間合いを計った。立ち上がったフィランデも右手にハルバードをひっさげて、円を描いて歩きながらピオラと対峙する。
互いに戦士の家系だ。トライレン・トロールの価値観では、とうぜん強いほうが順位が上になるし、異性にもモテる。戦士同士で繁殖すれば、より強い血が残る。
ちなみにトライレン・トロールに個体間の結婚制度は無く、いわば集団婚で、例えばダジオンからゲーデルに入ること自体を「ヨメに行く」とか「ムコ入りする」とか表現する。ピオラも一時的とはいえゲーデルに入ると、ダジオンからゲーデルにヨメに来たことになる。あとは自由に繁殖し、子は集団で育てる。基本的に戦士の家系以外でもみなそれなりに強いし、必ずしも戦士同士で繁殖するわけでもない。巫女の家系もある。また、一般の家系から急に強い個体や巫女が生まれることもあるし、戦士の家系でもそれほど強く無い個体も生まれる。人間やエルフほど複雑怪奇な社会や精神ではないので、それはそれで特に問題も何もない。仕事はいくらでもあるし、強くないから虐げられるということもない。戦闘は平凡だが狩りや手作業がやたらとうまい者もおり、重宝される。ただ、戦士としての順位は低くなり、結果としてリーダーとして集団を率いることもないが、それが人間やエルフのような身分差ではないことは注目に値するだろう。トライレン・トロールには、役割の差はあれども身分という概念は存在しない。
「いぃいえやるぅいいいい!!」
均衡を崩したのは、フィランデだった。甲高い気合発声で走りこんで間合いを詰めつつ、ハルバードをピオラの足元めがけ払い討ちに横薙ぎ。しかもただ叩きつけるのではなく、ヒットする瞬間、絶妙に斧先の角度を変えて引きこみ、鉤状の斧の角で足首をひっかける。
ピオラが、小ジャンプでそれをかわしたが、瞬間、フィランデがハルバードを叩きつけた姿勢から何の予備動作のもない無挙動でいきなり空中のピオラに跳び膝蹴りを見舞った。




