第15章「嘆きと大地の歌」 2-14 いきなり、魔王
「おおい、どおしたあ!?」
ラディラに云われ、
「仕方がない、僕が出よう……」
ルートヴァンが臨時で舞台に上がろうとしたとき、
「あっ、旦那でやんす!」
プランタンタンがそう云い、いつの間にか石舞台に上がっていたストラに、みないっせいに胸を撫でろした。
「まったく……楽しませてくれる……」
ヴィヒヴァルンにいたままでは、けして味わうことのないスリルに、ルートヴァンが引きつったような笑みを浮かべた。
「本当だよ……キィッヒヒヒ……」
オネランノタルもそうつぶやいて、舞台がよくが見えるよう、魔力で少し浮遊する。
舞台の上のストラは、いつもの半眼無表情、全身の力を抜き、少し傾いて、虚無でも見るようにレラルヴォを凝視していた。
(……いきなり、魔王か……!!)
レラルヴォ、そう思ってゴクリと唾を飲む。観たところ、まったく強そうには見えないし、何の気配もない。が、それが逆に恐ろしかった。魔王と聴いていなければ、歯牙にもかけない、眼にも入らないような相手だ。
「はじめえ!」
ラディラが叫び、太鼓が鳴った。
「非作戦地域待機潜伏モード自衛戦闘レベル2発動……許可。対近接戦用パワードスーツ格闘戦モードを発動します」
「うおッおおお!!!!」
レラルヴォが、トライレン・トロール特有の巨大投擲手持ち武器を片手で振りかぶる。ピオラの多刃戦斧にも似ているが、刃の部分が2つと、ハンマー状の部分が1つだった。ゲーデル山岳エルフとの交易で入手したグレーン鋼製であり、ただでさえ魔法の武器なので攻撃力が+300だが、魔力を帯び、攻撃力がさらにアップする。+560はあるだろう。特殊な攻撃力付与魔法をかけるのではなく、ただ持っているだけでそれは、かなり強力な武器と云える。
「ずぅああああ!!」
レラルヴォ、眼にもとまらぬ速度で踏みこみ、その鎚斧をストラに叩きつけた。
ストラは、準超高速行動に突入。
空気が歪み、耳鳴りのような振動音がして、ストラが一瞬でレラルヴォの懐に入った。
身長が3メートル以上のレラルヴォと、170センチほどのストラでは、ほぼ倍近い身長差だ。
レラルヴォはその体格差を理解しており、かなり小振りで、ほぼ斜め一直線に鎚斧を突きつけた。
ストラが入身の技術で体を斜めにしながらそれを一寸差で躱し、後ろ脚で蹴りこみつつ強烈な突きをアッパーぎみにレラルヴォの鳩尾あたりに食いこませた。
「……!!!!」
レラルヴォ、一撃で目の前が真っ暗になった。
何とか本能で、そのまま気絶するのを防いだ。
ストラの踏みこんだ岩盤の舞台に、ヒビが入っている。
「ちょ……待……そん……これ……魔……か……!!」
そう云ったような気がしたが、本当に口から出ていたかどうかは、レラルヴォ自身も分からなかった。ただ、吐息だけが出ていたかもしれない。
レラルヴォがストラの上に倒れこみ、押さえこんだと思ったギャラリーより歓声が上がった。が、ストラがそのままレラルヴォを舞台の上にひっくり返した。
レラルヴォは、白眼をむいて長い舌を出し、大の字になって気絶していた。その白い筋肉質の腹部が、小さく凹んでいる。
「おいいぃい! いっぱつかよおお!」
「手えぬいたのかあ!?」
「それでも族長かよお!」
「ふっざけんなああ!!」
気の荒い若トロールたちが、男女とも牙をむいてヤジを飛ばす。
「ちいせえと思って、魔王相手に気いぬいたのが悪いんだあ!!」
ラディラがそう叫び、太鼓が鳴ってストラが右手をあげた。
仲間に運ばれ、一発ノックアウトのレラルヴォが退場する。
ストラも無表情のまま、ルートヴァン達のところへ戻った。
「御疲れさまでした、聖下」
ルートヴァンが胸に右手を当て、深々と礼をして出迎える。
「うん」
ストラはそう云ったっきり、もうはるかゲーデル山の山頂付近へ眼をやって、腕を組んだまま動かなくなった。
「フフ……聖下は、我らに全幅の信頼を置いておられる。よもや、負けるどころか引き分けでも許されんぞ! 次はピオラか!?」
「そおだああ!!」




