第3章「うらぎり」 2-4 喧々囂々
その後は、三人して洞窟の中で喧々囂々である。
「どうするんだよ、なんでもっとできねえって強く云わなかったんだよ!」
「云ったでやんす、云ったでやんす! でも旦那がさっさと行っちめえやんしたの、見てたでしょうが!」
「そら、見てたけどよ!」
「フューヴァさんこそ、いっしょに旦那を止めてくれると思ったのに、なんにもしねえであっしに任せっきりだったでやんしょうが!」
「おんなじだよ、パッと行っちまったんだもの!」
その横で、ペートリューがガバガバと小樽を開け、ついにはひと樽を飲み干してふた樽めに口をつけた。
「てめえ、この、飲んでる場合かよ!!」
さすがにカチンときて、フューヴァがその両手に抱える小樽を叩き落そうとしたが、こういう時だけペートリューはすごい反射速度でそれを避け、
「喚いてたって、どうにもなりませんよ。動かないなら動かないで、黙ってジッとしていたほうがいいと思いますが……」
「なんだと、てめえ!」
「じゃあ、仲間の救出に出るんですか!? ストラさん、もう攻撃を始めると思いますよ!? 行くなら、速く出ないと!」
「この女……!」
掴みかかろうとするフューヴァをプランタンタンが止め、
「ペートリューさんこそ、いまこそお得意の魔法を使ってくだせえよ。ここは、ペートリューさんが頭になっていただかねえと……」
「私の魔法なんか、何の役にも立ちませんよ」
自嘲に顔をゆがめ、ペートリューのやけに早口でハッキリとした声が響いた。
「こっちは、お前の役に立たねえ魔法より、もっと役に立たねえんだよ!」
「威張って云うことじゃないでしょう!?」
「おまえだって、たまには魔法を使えよ!! 魔法使いなんだから!!」
「だから、魔法だからってなんでもできるわけじゃないんですよ!!」
「ホントに魔法使いなのかよ、おまえ!?」
「偽物だったら、どうするっていうんですか!?」
「ま、まあまあ、二人とも……」
プランタンタンが割って入り、二人が離れて荒い息をつく。
「……逃げましょう、逃げましょうよ」
「逃げるだと!?」
フューヴァが思わず立ち上がった。
「そうですよ、逃げるしかありませんよ!」
「よくそんなことが云えるな、てめえ!!」
「大丈夫ですよ、ストラさんだって許してくれますよ。それにストラさんは、たぶん私達が逃げたって、ぜんぜん平気ですよ」
ペートリューが、岩壁の闇を見つめてそうつぶやいた。
「旦那といっしょに逃げるのと、旦那から逃げるのじゃあ、天と地の差でやんす!!」
プランタンタンが叫び、
「そうだよ、おまえ、こんなところで、逃げた後どうするんだよ!」
「じゃあ、いま、どうするんですか!! いま!!」
「分かんねえよ!」
「逆ギレするな!」
「なにを、この酔っ払い!!」
「だれがおるんがあ!?」
「!?」
野太く、聞き取りづらい声がして、松明がかざされた。それが、マンシューアル訛りのフランベルツの言葉と分かるのに、時間は要しなかった。岩場の隙間に入ってきた男たちの服装が、暗がりにも見たことも無いものだったし、肌も浅黒く、明かりにも表情が分からなかった。
「……放せ、コノヤロウ!!」
真っ先に押さえつけられたフューヴァが叫んだが、たちまち岩場の外に引きずりだされて縄状のもので縛り上げられた。
ペートリューは逃げるどころか必死になってワインの小樽を抱えて死守せんとしたが、二人に取り押さえられ、樽も没収された。
唯一、プランタンタンだけが、獣じみた身のこなしで兵士達の足元をすり抜け、森の闇に消えた。
「おい、女だぜ! こんなところに女だ!」
これはもう、マンシューアル語である。
「連れてく前に楽しもうぜ!」
一人がそう云って、もうペートリューを地面に押し倒した。
「ペートリュー!」
 




