第15章「嘆きと大地の歌」 2-8 ゲーデリ・トライレン・トロール
その夜は特別な天幕が用意され、一行は2か所に分かれてそれぞれ休んだ。本当は3つ用意されたのだが、オネランノタルとピオラが早々に闇の中へ消えてしまい、2つですんだ。ホーランコル、キレット、ネルベェーンが1つを使って、のこる5人が大きめの天幕を使用した。アデラドマエルフ達が宴を催そうとしたが、食糧が乏しいのだから無理をするなと、ルートヴァンが断った。もちろん、その決定に誰も異を唱えなかった。
「せめて、これだけでも……」
と、エルフたちの用意した毛長牛の加工肉を使った暖かい料理を有り難くいただいた。特にプランタンタンとフューヴァが、それを喜んだ。
「あったけえ汁なんか、久しぶりでやんす!」
「まったくだぜ」
ペートリューも生ハムのような干し肉を肴にリヤーノ酒をあおる。
その夜、一行はゆっくりと休んで英気を養った。
翌日……。
にわかに曇って、雪の降りしきる中、一行は登山を開始した。
ここから先は、ピオラの嗅覚が頼りだった。
ゲーデル山脈のホルストン側はやけに急峻で、木々もまばら。岩だらけでまったく人間は住んでいない。リーストーン側は比較的なだらかで、森林もあり、いまは消滅したリーストーン子爵領やゲーデル牧場エルフの集落があった。
そんなところに住む竜は、云わばゲーデルゲドルとでもいえる、サイからアジアゾウにかけてほどの大きさの草食種だった。山麓地帯の豊富な草木を食糧とし、繁殖。冬はもっと西側の標高の低い場所に移動している。標高の高いところには、ゲーデル山羊の野生種が住んでいて、ゲーデル山岳エルフがそれを狩り、鉱山を掘って細々と暮らしている。
ゲーデリ・トライレン・トロールたちは、山脈の中域から冬は山麓にかけてそのゲーデル竜などを狩って暮らしている。ゲーデル山羊には、けして手をつけなかった。協定や盟約を結んでいるわけではないが、ゲーデル山岳エルフたちとの長年の取り決めだった。また、トライレン・トロールにとってゲーデル山羊は食べるところがないほど小さく、かつ狩りの難しい獲物だった。従って、好んで狩る必要もなかった。
その代わり、ゲーデル山岳エルフたちも、竜にはけして手をつけない。
それが、どこから来たのかもよく分からない、見知らぬエルフが追い散らかしたというのであれば、排除しようとするのも当然だった。
(さて、どうしたものか……)
歩きながら、ルートヴァンはずっと考えていた。
ストラの武威をもってすれば、トロールたちを従えるのは容易だろう。しかし、だからといってトロールたちの食糧を何とかしてやらなくては意味が無い。
(まずは、話を聴いてから、か……)
そのような感じで黙々と斜面を登り、3日目。
その日は、晴れてはいたが風がより強く、雲がすっ飛ぶように流れていた。
気配に気づいたのは、ピオラ、オネランノタル、それにルートヴァンとプランタンタンだった。
ホーランコル、キレット、ネルベェーンはノロマンドルより険しい山岳行にそんな余裕はなかったし、フューヴァと、ましてペートリューは一行について行くのがやっとだった。これからどんどん斜面が急になり、空気は薄くなる。
ストラは、歩きながらずっと天を見あげていた。
「四方向より高速回転飛来物が急速接近中、全て重量投擲武器と認識します」
と、ストラがつぶやくと同時に、風を切って重低音が迫ってきた。
「おりぃゃあああ!!」
I字バランスめいて片足を真上に上げたピオラが、自身の多刃戦斧と同等の鋼鉄製の投擲武器を蹴り飛ばす。角度が変わり、地面へ突き刺さったそれは擲弾でも着弾したように爆発して岩が砕け、小石が飛び散って地面が抉れた。
同時に、オネランオタルが魔力の網で2つの巨大な投げ戦斧を捕らえ、残る1つはルートヴァンの魔法のバリアが弾き返してどこか斜面の下にすっ飛んで行った。
そしてピオラが、山岳地帯にこだまする大音声で、
「あたしは、ダジオンのピオラrッリrレテrットゥレrレnだああ!! 次の大明神サマの御供でここまで来たんだあああ!! けど、もう春だから、あたしだけ次の冬までここに置いてもらおうとおもってよおお!!」
「なんだあ!? おめえ、ほんとにピオラかああ!?」
そんな男性の声がし、遠くの雪と岩の保護色に紛れた、屈強な男性のトライレン・トロールがひょっこりと姿を現した。黒髪を後ろで結んで、馬の尾のように垂らしている。
気がつけば、ほかにも短髪の男性トロールが2人、同じく髪を短くそろえた女性トロールが1人、忽然と姿を現していた。
「あたしを知ってるのかよおお!?」
「おれはエランサだああ! 覚えてっかああ!?」
ピオラが息を飲んだ。
「おおーーい! エランサの兄さまかよおお! 無事に、ダジオンに着いてたんだなあああ!」
「おおよおおお!!」
そのやり取りを聞き、ルートヴァンが、
「知り合いのようですな」
と、オネランノタルにささやいた。




