第15章「嘆きと大地の歌」 2-1 荒野を南に
云われて、ルートヴァンが唸った。
「いや……恥ずかしながら、僕も知りませんな。帝国は東西で多少の人の出入りはありますが、国同士はほとんど交流が無いもので。文献で知る程度です」
「へえ、不思議だね」
「しかし、バーレはバーレン=リューズ神聖帝国の名に冠されるほどの大名門。西方随一の大国です。皇帝も7、8人ほど輩出しています。古さこそチィコーザ王国に劣りますが、一説にはタケマ=ミヅカ様の仲間だった御1人がうち建てたとも」
「じゃ、魔王がいてもおかしくないね!」
「そうなりますな。ゲーデル山の次は、バーレに赴くことになりましょう」
「目標が2つになるね」
「いかさま。無何有の後継組織を潰さねばなりませんし……」
「無何有とやらに、魔王が関与していたら……?」
「フ……ともに、討ち滅ぼすのみ」
「そうなるね!」
オネランノタルが嬉しそうに四ツ目を細め、ルートヴァンもうなずいた。
そうして、5日も過ぎたころ……。
寒風吹きすさぶなか、ピオラが立ち止まってあちこちを眺めまわしながら、しきりに空気のにおいを嗅ぎだした。
「なにやってるんでやんす?」
プランタンタンが不思議そうに、そんなピオラを見つめていたが、誰も答えなかった。
「なかまのにおいがするう」
やおら、ピオラがそう云いだし、南を凝視する。
「へえ、すげえでやんすね、さっすが、ピオラの旦那でやんす」
「ではピオラよ、ここから南に?」
ルートヴァンの言葉に、ピオラが力強くうなずいた。
「そおだあ、こっからゲーデル山にいくぞお!」
ピオラが元気溌剌で、南へ進路を変える。一行も、ぞろぞろとその後に続いた。
とはいえ、ただでさえよく分からなかった街道はますます分からなくなり、1日もしないうちに完全に消えてしまった。
「道が無くなったでやんす」
プランタンタンがぼやく。
「もう何百年も、放置されているのだろうさ。なに、ガフ=シュ=インの大荒野に比べたら、こんなもの……」
云っているそばから、ルートヴァンが石に毛躓く。
「こっちのほうが歩きづらいぜ、ルーテルさんよう、ガフ=シュ=インは、もっとなだらかだったぜ」
フューヴァも顔をしかめた。やけに起伏もあるし、石だらけの荒れ地にくわえ、雪が凍りついて氷の塊になっている。ガフ=シュ=インの大草原は、冬も石1つ無い天然の芝生のようなのだ。ラネッツ荒野は、荒野というだけあり、やたらとデコボコで石だらけの荒涼とした大地だ。
従って、実は夏もそれほど草木が無い。
つながっているのに、ヴィヒヴァルンのアデレ大平原と雲泥の差があるのだ。
そんな月面や火星の大地のような土地をゆっくりと進んだのだが、ピオラがどんどん先へ行ってしまうので、ルートヴァンも注意をする。
「おい、ピオラ、あまり先に行かないでくれ! ピオラ!」
だが、ピオラはまっ白い身体が茶と白の大地に紛れて、完全に保護色だ。
「何を急いでいるのだ、あいつは! あれで道案内が務まると思っているのか!」
ルートヴァンが、そう舌を打った。
「私が止めるよ!」
云うが、地表近くをフワフワと浮いて移動しているオネランノタルが、ピオラに向かってすっ飛んだ。
「おい、ピオラ、ピオラ!! どうしたっていうんだい!? ピオラ!!」
オネランノタルがピオラの真上でわめき散らし、ピオラがそれでも無視したので、人間では即死するような高濃度魔力でもぶっかけようとしたとき、
「……なんだよお、番人よお!」
手をふりながら見あげて、ピオラが大声をあげた。
「止まりなよ! みんながついて行けないじゃないか!」
ピオラが後ろをふり返り、
「ああ、そおかあ」
やっと止まる。
「どうしたっていうんだい」
四ツ目を細めて、オネランノタルが云った。
「久しぶりに仲間のにおいをかいで、嬉しくなっちまったんだあ。だけど……」
また、ピオラが心配そうな顔で、地平線に薄く浮かぶゲーデル山脈を見やった。




