第15章「嘆きと大地の歌」 1-25 ターヴ王
あわてて身支度を整え、平静を装い、動揺を隠しつつ、王は悠然と謁見の小広間へ向かった。大広間は、公式の賓客を迎える場で、非公式はだいたい裏に通される。しかし、密談にはもってこいだ。
「国王陛下の御成り!」
侍従が声を上げ、衛兵が威儀を正すなか、ターヴが会議室のような小広間に入ると、立って待っていた2人が片膝をついて平伏した。
(なんだ……!?)
玉座に着いたターヴ、剣呑に目を細めた。1人は身なりの良い気品ある少年、1人は……濡れネズミのようにてらてらと光を放つ、まるで化学繊維のような真っ黒いローブにすっぽりと身を包んだ謎の人物だった。
「面を上げい」
2人が同時に顔を上げ、立ち上がった。
「おい、左の者! フードを取らぬか、御前であるぞ!」
侍従がそう云ったが、ターヴが制した。
「よい。どうせ、人ではあるまい」
「え……あ、ハッ」
侍従が控えつつ、驚いて漆黒ローブを凝視した。少年……リースヴィル(3号)が、ニヤッと口元をゆがめた。
「フン……もしかして、そなたもか?」
リースヴィルがそんな子供らしくない不敵な笑みのまま胸に手を当て、
「国王陛下におかれましては、御機嫌も麗しゅう……」
流暢なホルストン語を話した。が、云うまでもなく、その実はルートヴァンの高度な言語調節魔術だ。
「挨拶などいらん。世辞もやめろ。気分が悪い。イジゲン魔王が、何用か」
「では、御言葉に甘えて卒爾ながら本題に。陛下の忠実なる家臣に、バクス公爵なる人物がおられましょう」
「それが、どうした」
「公爵閣下の御身内が、勇者として畏れ多くも異次元魔王聖下に御挑みになり、討ち死にされたことは御存じで?」
「報告は受けておる」
「では、その復讐と称し公爵閣下が執拗に我らに無駄で無意味な刺客を多数、送ってきていることは?」
ターヴが奥歯をかみ、小さく舌を打った。
「仇討は身内の権利だ。余も、説得はしたのだが……」
「陛下の御優しい御忠告にも、耳を貸さず……と」
ターヴは無言だった。
「はっきり申し上げて、このままでは貴国にも陛下にも良い影響は御座りませぬ。バクス公は王国の最重要人物。公爵閣下が勝手にやっておりますでは、論が通りませぬ」
「待て! 王国と余は、一切関与していないことだ!」
「このままでは、そうは参りませぬと申しております」
ターヴが容赦なく顔をしかめた。物云いが、ルートヴァンそっくりだ。
(ヴィヒヴァルンの小癪な王子めが……! こんな子供だましで、余を愚弄するか……!!)
とはいえ、いまは非公式ながら正式な魔王の使者だ。
対応を誤れば、自身と国が亡ぶ。
ウルゲリアや、ガフ=シュ=インのように。
ターヴは年のわりにしわだらけの手で額を抱え、
「……何を、云いたいのだ。余に、どうせよというのだ!?」
「畏れながら、陛下にバクス公を御止めすることができないのであれば、陛下が御自身とホルストンを護るためにできることは、限られてまいりましょう」
「なんだと……!?」
指のあいだより、ターヴが忌々し気に細めた目をリースヴィルに向ける。
「余がバントラックを討つか、魔王が討つかの違いと申すか!」
「いかさま」
そう、背筋に悪寒が走るような合成音で答えたのは、オネランノタルが魔力で作った分身のほうだった。名前もない、ただの魔力の陰である。雫が垂れるようにポタポタと真っ黒い魔力が床に落ち、蒸発して黒い霧となって霧散している。
「しかしながら、陛下が御自ら王家を護る6つの楯のうちの1つであるバクス公爵家を討つとなれば、動揺と混乱は王国じゅうに走り、やもすればバクス公に御味方する家も出るのではありますまいか。そうなれば、ただでさえ食糧難にあえぎ始めている貴国は、春を迎えてさらなる悲惨な状況に至るは必定」
「な……!!」
ギョッとして、ターヴが真っ黒いローブの漆黒が渦を巻いている顔の部分を凝視した。
「いま内乱に至れば、貴国は遠からず滅亡……」
「黙れ、バケモノが!!」
ターヴが思わず立ちあがり、凄まじい形相でローブを睨みつけ、叫んだ。




