第15章「嘆きと大地の歌」 1-19 オネランノタルの興味
メロンでも切ったかのように、深々と武術家の頭蓋に剣が食いこんだ。もう少し深かったら、頭部の半分近くが顔ごと切り落とされていた。
「……」
ホーランコルが剣を抜き、絶命した若い武術家が、ばったりと倒れた。
血のしたたる剣を構えたまま、ホーランコルがまだ敵がいないか残心して慎重に周囲を確認した。
「もう、誰もいないようだ。全員を片付けたぞ!」
近くに着地した飛竜から降り立ったネルベェーンが、ホーランコルに声をかけた。
「そうか」
そこで、ようやくホーランコルも息をつく。
「キレットさん! 終わりました!」
ホーランコルの大声が荒野に響いたが、吹きつける風の音にかき消された。しかし、キレットはラネッツ荒野ネズミたちの声を聴き、この周辺の敵が全滅したことを知った。
「キレットさん!」
術を止めたキレットが、手を上げて答えた。
最後は、オネランノタルである。
広域強行威力偵察に出たオネランノタル、会敵する敵は全て撃破してよいと云われているため、容赦なく駆逐した。準魔王級であるオネランノタルに敵う敵はいなかったし、金で雇った魔族など、その程度だった。
ただ、魔族が単体で、人間の貨幣で動くはずがなかった。オネランノタルですら、金銭では動かない。すべて、魔族としてはちょっと変わっている、旺盛な好奇心による。万が一、人間のカネを集めるのが好きな魔族がいたとしても、スーパー激レアなのは間違いない。
(それなのに、これほどの数の魔族が、どうして動くんだ? 誰が、どうやって動かしている?)
オネランノタルの興味は、そこに移っていた。
(つまり、ストラ氏に恨みを持つ何者かが……魔族をこれだけ支配している人間の何者か、あるいは組織に貨幣を支払ったのだな? そんな組織が、どこにある??)
それを知りたいと思った。
であれば、比較的知性のありそうな魔族を尋問することになる。魔力的に。
この2日のあいだに8体の魔族と、23体の魔物、ついでに冒険者やら賞金稼ぎやら暗殺者やら3組17人を滅殺していたオネランノタル、飛び回りながら魔力を感知し、少し大きそうな魔力を捕らえると急行した。魔族は眠らないので一晩中飛び回り、いまは3日めの明け方だ。
いかに広大なラネッツ荒野といえど、音速に近い速度で飛び回るのだから、ものの数十分で端から端まで到達する。
薄曇りの雲を突き抜けて淡い朝日が大地を照らしたが、真冬なので時刻的には遅い。
広大な地平に、マンモスのバケモノのような、複数の触手を鼻のように顔と思わしき部位にあつめた、8本脚が象とヤギと人間と蜘蛛と、なんだかよく分からない鳥なのか恐竜なのか、とにかく8本の脚がそれぞれバラバラで、よくそれで歩けるなという姿の毛むくじゃらで真っ黒な大型魔獣の背中に、真っ青で焔のように揺らめいたプラズマ状の身体をした、魔族が乗っている。
その魔族が、遠くから超高速で迫るオネランノタルの気配を捕らえ、
(来やがったな……)
ほくそ笑んで天空を見あげた。
この世界、魔族は王国やら帝国やら秘密結社やらを組織しているわけでもなく、魔族同士で暮らしているわけでもない。魔族や魔物は単体で魔力の澱みから発生し、てんでバラバラに暮らしている。組織だっている場合もあるが、何かしらの事情や理由でそうしているだけで、仲間意識も無い。ただ、基本的に孤独で暇を持て余している魔族が、生きる目的や意味を、魔族を含むより強力な「存在」に仕えることによって生き甲斐として見出しているというのは、よくあった。
いま、ラネッツ荒野でストラ一行を襲っている魔族たちもそうなのかどうか……?
(いままでぶっ殺した連中を見る限り、とてもそうは思えないがね!)
オネランノタルが狂気的に四ツ目をバラバラに動かしながら、青い舌をビロビロと裂けたような口の端からなびかせ、ドローンミサイルがごとく一直線に目標に吶喊した。
高圧ガス炎のような身体の魔族が、その突撃を止めるほどの分厚いバリアを張った。一瞬で、これほどのエネルギーを魔力から取り出したのだ。
オネランノタルは顔面から突っこんだ格好だったが、強力にバリアを穿とうと突進の力をこめた。四ツ目が全て相手を睨み、額の赤シンバルベリルが光った。
「なかなかやるじゃあないかッ! おまえほどのやつが、いったい誰の命令で動いている!?」
魔力通話にも似て、合成音が魔力に乗り、周囲に響き渡った。本当の魔力通話は互いのチャンネルを合わせなくてはならないため、少なくとも敵同士では行われない。魔力中枢をハックされる可能性もある。
「馬の骨の手下が、いい気になってるんじゃあないぞ!!」
魔族の合成音にしては低い声で云いながら、青炎の魔族が分厚いバリアをオネランノタルの方向へひん曲げ、袋状にして捕らえようとした。




