第15章「嘆きと大地の歌」 1-17 霊符
武術家も内心、驚愕、そして驚嘆する。まさにパワープレイ。一撃で人を殺す武術家の凄まじい蹴り、柳葉刀の連続攻撃が、ことごとく魔法効果バリアに防がれる。逆にホーランコルの格闘パワードスーツ兵めいた重くて速い攻撃を、避けきれない。加えて、魔法のダガーが縦横無尽に飛び回って武術家を襲う。
武術家も買いあさっていた霊符が次々に自動で発動したが、こちらは既製品の消耗品で、特に浮遊攻撃ダガーの、巨大なスズメバチも真っ青の眼にもとまらぬ刺突攻撃を防ぐのに精一杯であり、見る間に数が減った。
そして、武術家自身も柳葉刀でそのダガーの攻撃を懸命に受け払って防いでいたが、その隙に死角から迫ったホーランコルの必殺の攻撃をかわせなかった。
「グゥオ……ッホ、ォブォ……!!」
脇腹を深々と剣に刺され、武術家が豪快に血を噴いた。
死なばもろともで武術家め、ホーランコルの眼に指を突き立てたが、ホーランコルが一足飛びで後ろに下がり、偶然にかわした。こんな危険なヤツに、いつまでも密着している理由はないとばかりに下がったのが正解だった。攻撃が始まってから下がったのでは、間に合わなかった。もっとも、その指突も魔法のバリアが自動的に防ぐのだが……発動する前に、ホーランコルが下がって避けた。
「う、うう…!!」
苦悶に顔をゆがめてまだ身構える武術家を、ケラカマキリが捕らえて引きちぎった。
その様子を遠目に見ていたのが、中肉中背の若い武術家と道士だ。
「ホァンのやつ、殺られやがった!」
若い武術家が「いい気味だ」という感情と「まさか、あのホァンが」という感情の綯交ぜになった声をあげた。
「あの東方の戦士、とんでもない強さだぞ」
道士も、厳しい表情で唸る。
だが、彼らは冒険者ではない。
闇の組織に所属する、正規の暗殺者だ。
強そうだったから帰ってきました……は、通用しない。消される。自殺に等しい行為だ。
「ルゥイーもやられたようだ……!」
道士が魔族の気配を探り、つぶやいた。
「ケッ、魔族だからって、あんな布切れがデカイツラをしていたほうが間違いだったんだ」
武術家がそう嘯いたが、いまそんなことを云っても意味がない。道士が目を細めて、
「どうする?」
「ああ!?」
「ああ? じゃない、正面から行くのか?」
「オレが真っ向から攻めてお前がそれを補佐、それ以外に何がある? あったら教えてくれ。いますぐにな」
道士は一瞬、考え、
「私があの戦士と、魔物の相手をする。その間に、おまえがあっちの南方人を殺せ。2人ともだ。できるな」
「なんだって……!?」
若い武術家が驚いて道士を凝視したが、すぐにニヤッと笑い、
「死ぬんじゃねえぞ」
「おまえもな。これを持っていけ」
道士が、20枚ほどの霊符の束を渡した。武術家も既に同様の束を買って持参していたが、
「ありがとよ」
素直に受け取った。
武術家が風下から術を行使中のキレットとネルベェーンに迫り、道士自ら囮となって、霊符を剣に変え、正面から吶喊した。
「なんだ!?」
ホーランコルが、異様な気配に驚いた。
なんと、道士が4人になって、迫ってきている。
(げっ、幻覚か!?)
幻覚というより、分身だった。帝国東部の魔術では分身はかなり難しい術だが、西部では霊府を使い、わりと一般的な術だった。もっとも、同じ分身の術でも中身は全く異なり、ルートヴァンたちの分身術が正確で自律した分身というより分体を魔力を捏ねて作り出すのに比べ、西方の分身術は紙でできた外見だけの劣化コピーだ。
なので、ホーランコル達の感覚では、幻覚と分身の中間くらいというものだった。
が、それをパッと見て看破するほどの経験や知識は、ホーランコルには無い。
とはいえ、魔法の道具や魔物は別だ。
ケラカマキリが、紙切れの式である分身の1体に向かってとびかかり、巨大なシャベル鎌の前足でズダズダのグシャグシャにする。
それを確認する余裕もなく、ホーランコルは3体を相手にした。
6本の浮遊ダガーが1体に連続して突き刺さり、紙のように引き裂いた。
その時には、ダガーの動きを封じる霊符がそれぞれ巻きついて、動けなくなったダガーがボトボトと地面に落ちた。




