第15章「嘆きと大地の歌」 1-15 ケラカマキリ
「とんでもねえな! あんなのを相手にしていたらキリがない! 護符が間に合わなかったら、俺たちでもやられていただろうな!」
若い武術家が、珍しく素直に動揺と恐怖を見せる。
道士も、「確かに……!」 と内心思い、自分の判断を褒めた。
しかし……。
彼らが、けっきょく個別にホーランコル隊を襲ったのは、失敗だった。暗殺者集団とは聞こえがいいが、別に仲間でもなんでも無い。命じられたから、4人で歩いていただけだ。協力など端からするつもりもなかったし、あわよくば高額報酬を独り占めにしようと思っていた。道士が武術家2人にも護符を貼ってやったのだって、いっしょにいる武術家が襲われたら、いくら自分だけに護符があったとしても、巻き添えを食う恐れがあったからにすぎない。
4人でいっせいに襲えば、いかなホーランコルといえど、苦戦は免れなかっただろう。
だが、個別に襲ったのでは各個撃破されるだけだし、ホーランコルには撃破する力があった。
それに、護るのはホーランコルだけではない。
まだ広範囲の呪いを振りまくキレットとネルベェーンだって、ホーランコル以外の直掩を置いている。
もちろん魔獣だ。
それも、モンスター類ではなく、これは本当に魔物だった。
この荒野の闇にひそむ、螻蛄と蟷螂と名状しがたい真っ黒い肉食獣を混ぜたようなバケモノだった。全長7メートル、体高も3メートルはある。
固有名は特にないが、便宜上、ケラカマキリとでも記す。
そのケラカマキリの気配を真っ先に察知したのは、上空から迫っていたルゥイーだった。
(あんな魔物まで使役するのか……)
ケラカマキリより10メートルほど離れたところで、2人の術者が大地を踏みしめながら、踊るような儀式を行っている。
(あれか……! 人間のようだが……見たこともない外見だ。どこの魔術師だ?)
南部人を知らなかったルゥイーは、しかし、それ以上の興味を示すことは無く、風に乗って一気に降下し、一直線にキレットとネルベェーンを狙った。
とうぜん、ケラカマキリが気づき、真っ黒い4枚の薄羽を広げて地面を蹴った。
(魔蟲めが!)
ルゥイーは布切れ状の身体を伸ばし、本当に一反木綿めいたひょろ長い20メートルほどの一枚布に変化するや、迎撃に飛び立ったケラカマキリにまとわりついた。ケラカマキリはその土を掘ることができるようなバゲット付きのカマ状脚を振りあげてそれを切断、振り払おうとしたが、ルゥイーの身体を切断するには至らず、さらにルゥイーが身体全体より凶悪的な電撃を発してケラカマキリを攻撃。ケラカマキリが空中で仰け反り、真っ逆さまに落ちた。
さらにルゥイーが電撃を発し、ケラカマキリを苦しめた。
「魔蟲ごときが!!」
地面でケラカマキリが暴れに暴れ、ルゥイーが手こずる。
ここで、ルゥイーも少し、異変に気づいた。
この程度の魔物、この電撃で死なないはずがないのだ。
(……なんだ、やけに、頑丈なヤツだ……!?)
じっさい、このケラカマキリはルゥイーが思っている数倍は強力な魔獣だった。
それほどの魔物を、人間が操れるはずがないと思っていたのだ。
無理もない。
南部大陸奥地……ガナンの地に伝わる魔獣を操る秘術は、帝国では知る人ぞ知る、超レア魔術だ。魔族と云えど、知らないものは知らないのである。
執拗に暴れ、ルゥイーの細長い布上の身体を絡めとる魔獣に、ルゥイーも、
「この、いい加減に……!!」
伸びあがったところを、ホーランコルが魔法剣で突き刺し、ひっぱってそのまま地面へ串刺しにした。
ヴィヒヴァルンの宝物庫では中の下ほどの無銘の魔法の剣とはいえ、攻撃力+80に加え、対魔法効果は+160にも及ぶ。冒険者……いや、一般的な勇者が使う分には充分だ。むしろ、実戦ではあまりに強力で特殊能力のあるものより、こういった地味なほうが使い勝手がいい。
そこをケラカマキリがルゥイーを引っ張りながら移動したものだから、
「……!!」
ルゥイーの身体の1/3ほどがホーランコルの剣により真っ二つに引き裂かれた。
それでも魔力中枢が無事だったので生きてはいたが、修復に魔力を大量に使う。
「こやつ……!」
電撃も発することができなくなり、ルゥイーがたまらずケラカマキリから離れた。
「ぬぉリゃあ!」
すかさず地面より剣を抜いてホーランコルが切りかかったが、空中で支えのない布切れを切るわけで、衝撃が吸収されて切れなかった。
「間抜けが!」
ルゥイー、そのままホーランコルの顔面や首に巻きついた。電撃などは使えないが、窒息させるには充分すぎるパワーを残している。ホーランコルが、たまらず下がった。
そこで、ケラカマキリが大型ツルハシのような爪脚の1本で、ホーランコルから延びるルゥイーの身体の端を地面に打ちつけたため、ルゥイーの身体がピンと張った。




