第15章「嘆きと大地の歌」 1-14 本命の暗殺者たち
その岩を、狂ったように吠えながら揺さぶり始めたのは、体高が5メートルはある鎧熊だった。竜ではない。魔獣に分類されているが魔物でもなく、そういう生き物だ。見た目はクマがアルマジロめいた生体装甲を背負っているもので、そのまんまという外見だった。
「な、なんだ、なんだ!?」
時には人間の狩りの対象にもなるが、今はそんな状況ではない。揺さぶられている幻術師、岩の中で震えあがった。
「どうして俺が分かるんだ!?」
それはもちろん、そういう「魔術」にかかっているからである……。
いまこの野生動物たちは現実的にも形容詞的な意味でも魔獣と化し、ひたすら術者が敵と認定した「敵」を襲うのだ。
鎧熊、大岩を揺するだけではなく、巨大な爪で強力に地面を掘り始めた。
それがまた速い。
アルマジロと同じく、鎧熊はたちまち地中に巨体を隠すことができる。
その音に、幻術師が身を震わせた。術で外を見ることはできるが、恐ろしくて見られなかった。
(な、なにを……!?)
全身に冷や汗を流し、恐怖に耐えていると、突如として足元が崩れ、よろめいて穴に片足を落とした。その足を鎧熊の爪がとらえ、幻術師は穴に引きずりこまれた。
穴が小さく、腰のあたりで引っかかって止まったが、鎧熊が幻術師の足にかぶりついた。
「ああああああ!! うわっ、うわああああああ!! やめ……!」
右足のふくらはぎが齧り取られ、次いで膝から下を持って行かれた。
「……!!」
恐怖で激痛も感じぬほどだったが、動揺のあまり術が解けた。
這いずって逃げたが、その背中に鎧熊が圧しかかった。
回復系の道士も成す術なく地竜に喰われており、倒れ伏した武術家3人はまだ生きていたが虫の息だった。無数のネズミが盛り上がって蠢き、目や耳はおろか、腹も食い破られて内臓まで貪り食われている。荒野ネズミは草食なので、実際には食べているわけではなくひたすら齧り散らしているだけだが、同じだ。
近接戦ならまだしも、この状況で、この程度の冒険者はキレットとネルベェーンの敵ではない。
本命はやはり、暗殺者部隊だ。
こちらは、バーレの闇にひそむ暗黒組織の直轄だった。
バクス公は、そんなところにまで手を伸ばしていた。
こちらは4人。武術家2人、道士1人、そして魔族が1人だった。
魔族と云っても、オネランノタルとは比較にもならぬ小物だったが……一般人には、恐るべき相手だ。武術家や道士も、暗殺毒殺呪殺と、なんでもござれの超絶悪徳だ。
また、そのぶん腕もたつ。
動物どもが集まり出した時点で大地や天空の気の変異を察知し、
「……これは、大規模な呪いではないか?」
道士が、すかさずキレットとネルベェーンの秘術に感づいた。
同時に、呪い除けの護符を自身と武術家2人の胸と背中に貼った。呪力で貼りつくので、プリントしたかの如く服の上についた。
魔族は、護符そのものの効果が無いので、必要ない。
この魔族、見た目は完全に妖怪というか魔物で、まるで真っ黒い一反木綿だった。もしくは、人のように見える場合もひらひらで、布人間だ。
「ルゥイー! 呪いの大本を叩けるか?」
「やってみよう」
ルゥイーと呼ばれた魔族が、風に舞って一目散に飛竜たちの下を飛んだ。
周囲に荒野ネズミも続々と集まり始めたが、間一髪、護符が間に合い、ネズミたちは3人を無視して川の流れのように通り過ぎた。
「これは、相当に強力な呪いだ……! こんな呪術師が、魔王の傍らにいるとはな」
道士が感嘆してつぶやいた。
「我らもルゥイーに続き、術者を直接叩くぞ!」
目つきの悪い、頬傷のある背の高い40手前ほどの武術家、そう云って走り出す。
軽身功の使い手で、モトクロスバイクにでも乗っているかの如く、すごい速度でルゥイーの後を追った。
「チッ……」
もう1人の、中肉中背の若い武術家が忌々し気に舌を打ち、普通に走り出した。
「おい、道案内してくれ!」
ふり返って道士にそう云い、
「分かっている!」
功夫も積んでいる道士が、ルゥイーの魔力を追って走り出した。
それと行き違いで何十頭ものラネッツ地竜や鎧熊と遭遇し、さしもの暗殺者たちも驚愕した。




