第15章「嘆きと大地の歌」 1-12 独壇場
が、ルートヴァンはその大親分みたいなバケモノと戦っている。自分の身は自分で護るとタンカを切った以上、助けを求める筋合いでもないし、そんな余裕もない。
(チクショウ、殿下の云う通りだ! 身の程を知らねえ奴は、死ぬだけだ!)
「ゥアアア!!」
悲鳴がし、確認するまでもなく、魔術師の1人がやられた。ルートヴァンの先輩ではないほうだ。
(もうすぐ、オレも後を追うぜ! クソが!)
裏勇者がそう思ったとき、地対空レーザー砲めいて上空から次々に数千度のプラズマ熱線が降り注いだ。熱戦は魔物どもの天然の魔力防御を貫いて、そのまま魔力中枢まで打ち抜き、地面を穿った。4体の魔物が一撃で粉々に焼け砕け、魔力屑のようになって地面に散り、かつ風に消えた。
「……!!」
爆風に顔をしかめ、それが収まった跡地の焼け焦げた地面を見やってから、荒い息で汗と血をぬぐい、裏勇者が曇天を見あげた。
ルートヴァンがゆっくりと降りてくるのを見やり、
(助か……!!)
生き残った仲間と共に、腰から砕けて座りこんだ。
「何も、こんな無人の荒野で襲ってこなくても……」
小雪交じりの強風に目を細めて、ホーランコルがしみじみとつぶやいた。
ホーランコル、キレット、ネルベェーンの3人は、魔獣の導きにより、2組のパーティの片方に接近していた。
もちろん、徒歩ではない。
かといって転送魔法でもない。キレットとネルベェーンは、転送魔法は使えない。
とうぜん、魔獣に乗って、だ。
1頭、2頭であれば、軽く短杖を振りかざすだけで召喚し、意のままに操ることができる。
このラネッツ荒野にも野生動物やモンスターとしての魔獣、それに数は少ないが魔力依存生物であるところの魔物がいる。キレットとネルベェーンは魔物も操作できるが、モンスター類のほうが得意だった。それに、ここでは圧倒的に純粋な魔物より魔獣が多い。
3人は特に大型のラネッツ荒野飛竜にそれぞれまたがり、冬の荒野を飛翔していた。この世界の飛竜類はモンスターでありつつ、風と魔力をその翼でつかみ、魔力反発効果も利用しているため、見た目よりはるかに揚力を得ている。細い身体で、人間など余裕で乗せることができるうえ、乗竜術も魔術のうちなので、乗るほうもけして落ちないし、簡単な動作で自在に竜を操ることができる。
風が強く、また相手に発見されぬよう、3人は地上30メートルほどの低空を地形にそって進んだ。そして、全く何の変哲もない荒野のど真ん中で、降りた。
「どうして、こんなところに?」
とは、ホーランコルは聴かなかった。既に、ガフ=シュ=インの大荒野で経験済みだった。
読者諸氏も覚えておられよう。第10章で、キレットとネルベェーンの使用した恐るべき南部大陸奥地の魔術を。呪いの一種である、ほぼ無差別に魔獣を召喚する秘儀を。
2人が寒風に目を細めつつ、そろって同じ歌うような呪文をとなえ、リズミカルに足で大地を踏みしめ始めた。南部大陸魔術は即効性は無いが、遅効性の毒のように敵を討ち滅ぼす。
既に斥候で放っているのは、この荒野に何千万匹と棲息している、ラネッツ荒野ネズミである。便宜上ネズミと記しているが、モルモットほどの大きさの齧歯類に似た生き物だ。それが川となって縦横無尽に大地を疾走し、敵のパーティーの詳細な位置を割り出す。冬も冬眠せず、地面の下の巣穴にため込んだ食料や、ときどき地上に出て枯れ草などを集めて食べて生きている。
そこに、そのネズミを常食としている地上性のオオカミとヤマネコを合わせたような中型のラネッツ地竜、先ほど乗ってきたラネッツ荒野飛竜、そして竜ではないがヒグマとアルマジロを合わせたような怪物、鎧熊が合わせて約3000頭である。
空を飛竜が埋めつくし、大地を竜と大グマが駆けた。
ホーランコルが、その光景を頼もし気に眺めた。
魔獣使いは、近接戦闘は不得手だが、このような魔獣がウヨウヨする荒野や密林では独壇場だった。
ルートヴァンはそれを分かって、2組の迎撃をこの魔獣使いたちに任せた。
すなわち、遠距離フィールド戦闘では、キレットとネルベェーンは通常よりレベルが2段も3段も上がる。魔獣使いを単なるキワモノ調教師としてしか見ていなかったこれまでの凡百依頼者と違い、ルートヴァンはその真価を見極め、価値を認め、使いこなし、重宝しているのである。
そして、いま、ホーランコルの役目は術の最中に襲われた場合の直掩だった。
「……やけに、ケダモノが集まってきていないか?」
荒野を進みながら異変に気づいたのは、とある組織を通じ高額でバクス公の依頼を受けた、バーレ王国の冒険者たちだ。
話しているのは、バーレ王国の共通語だ。バーレは帝国西部最大の国で、帝国でも藩王国をのぞけばウルゲリアとチィコーザに次いで大きい。230もの諸州の集合体で、少数民族やその言葉が数十もあるので、共通語が必要だった。この場合、東方の共通語である帝都語とも異なり、現代バーレ語だ。




