第3章「うらぎり」 2-1 攻撃を受けている
「だから、あっしらはそのために来たんで。あっしらの仕事は、伝令だ、偵察だ、なんっちゅうケチくせえもんじゃねえんでやんす。そこのところを、その隊長さんが分かっていただけるかどうかなんで。つまり、あっしらが何をするか……じゃねえんで。ストラの旦那を、傭兵団がちゃんと使えるかどうかの話でやんす」
ギットラルは片目を瞬かせ、気押されながらも、
「だ、だがよ。一位の方はいいとして、あんたら従者は……」
「この者達は、私の潜伏偽装作戦行動の為に必要な人員と認定しております。三人を、私とは別の行動目的で他者が使用することは認められません。もし別に契約が必要なら、先日の傭兵雇用契約に特約を付与することを希望します」
いきなりストラが無機質な調子でそう云ったので、
「な、なん……なんですって?」
ギットラルも、思わず敬語となった。
「もう一度、云いましょうか?」
「い、いや……」
ギットラル、咳払いし、
「ま……まあ、既にあんたの報酬が将軍権限による特約だ。それぐらいは……認められると思うぜ」
「では、そのようにしてください」
「あ、ああ……」
すぐさま契約書が直され、四人で確認する。
「おい、隊長さんにちゃんとナシを通しといてくれよ、行ってから面倒はごめんだぞ」
「わかったよ」
フューヴァに念を押され、ギットラルが請け負う。
「金はどうなるんだ?」
「傭兵代は、ここで積み立てておく。安心しろ。だから、死ぬなよ」
「そういうことだな」
フューヴァが、プランタンタンとうなずき合う。ストラは心配いらないだろうが、ペートリューはそもそも傭兵がどうとかいう自覚が無いので、二人で気を使わなくてはならない。
「じゃあ、頼んだぜ」
四人は市庁舎を後にし、宿へ戻って用意をすると、さっそく出発した。
2
「三日以内に着けったって、道もねえじゃねえか」
早朝にスラブライエンから出て荒野を通り、ほぼ半日をかけて標高200メートルほどのなだらかな山々が連なる裾野まで来て、フューヴァが眉をひそめた。
「あの、左から三番目の山の頂上付近に、傭兵隊の陣があるみてえでやんす」
プランタンタンが、地図を見ながら指をさした。
「そして、あの山裾の切れ目が街道で、いつもあそこから敵さんの軍隊が攻めてくるんで、あの辺が戦場になるみてえでやんす」
「へえ……」
興味なさそうに、フューヴァが目を細める。
「なんでもいいぜ、とにかく行こう。だけどよ……」
フューヴァ、また背負子に小樽を二つ括りつけて歩いているペートリューを振り返る。既に、ここに来るだけでヘバりきっている。あれで山登りなど、到底不可能に思えた。
「おい、ペートリューよお、そんなの、魔法でなんとかなんねえの?」
「な……なりません……そんな魔法……ナイです……」
ハアハアいいながら、血走った眼でペートリューが答えた。汗だくで、脱水を起こしかけている。水を飲ませようとしても酒を飲みたがるし、かと云って脱水や疲労で倒れられてもどうしようもない。とにかく面倒だ。
「ねえなら、持ってくるなよな……」
短くそろえた頭を掻きつつ、フューヴァが重く息を吐いた。
「でも、こんなていどの山、あっしなら日が暮れるまでにてっぺんまで行けるでやんす」
「そりゃ、おまえが山エルフだからだろ!」
確かに、ゲーデルエルフの住んでいるゲーデル地域は、こんなものではない。ここからでもうっすらと地平線の向こうに見える、かつてその中腹にリーストーンのあったゲーデル山脈の彼方に住んでいる。こんな程度は「山」とも云えぬ。丘だ。
ましてストラなどは飛んでいけるし、問題はやはりフューヴァとペートリューだった。
と……。
「攻撃を受けています」
ストラが目的地付近を指さして、ボソリと云い放った。
「え?」
フューヴァが目を細め、耳を澄ませるが、火の手が上がるわけでもなく、戦いの喧騒が聴こえるでもなかった。
 




