第15章「嘆きと大地の歌」 1-9 嫌いではない
裏勇者、すかさず魔法の道具を作動。
転送魔法が込められている、ブレスレットだ。
同じ効果の道具は、全員がそれぞれ別個に用意していた。使うときは、各個自由判断なのがこのパーティのルールだった。そんな強敵に挑むことは無いという前提だったし、そこまでの仲間意識もなかったからだ。
「!!」
勇者が真っ先に逃げ出したのを感じ、魔法戦士と魔術師2人も、思考行使で道具を作動させようと思ったときには、裏勇者が分厚いバリアに防がれて、真っ逆さまに跳ね返って落ちてきた。
「……なんだ……!?」
地面に転がって、半ば呆然として裏勇者がつぶやいた。
「おやおや、帝国内で転送魔法は禁止だぞ?」
そういう自分も転送魔術で来たくせに……ルートヴァンがいかにも楽し気な声で、そう云った。
「うぅ……!!」
魔法戦士がうめき声をあげて絶望に顔をゆがめ、魔法の剣を投げ出すや、無言でルートヴァンの前に片膝をついて礼をした。
魔術師のうちの1人も、同様に片膝をつき、地面に着くかというほど頭を下げた。この者は、なんとヴァルンテーゼ魔法学院の卒業生で……ルートヴァンの先輩だった。年は29なので、ルートヴァンの5つ上。ヴァルンテーゼ魔法学院は7年制の制度で、入学に年齢は関係なく、この者は若干10歳で入学を許された秀才だった。そして彼が2年生の時に、まさに鳴り物も鳴り物、壮大なファンファーレ付きにして若干6歳で入学してきた超絶天才少年が、ルートヴァンだった。学院に飛び級制度はなく、どんなに超天才でも、7年間みっちりと基礎から学ぶので、学年を越されることは無かったが、逆にその天才ぶりをまざまざと見せつけられて卒業まで過ごした。この仕事の時も、内心、驚き、かつ王宮でのほほんとしていたはずのルートヴァンにひと泡ふかせてやる……とほくそ笑んでいた。
それが、とんでもない思い違いだったことを知ったときには、もう遅かったのだ。
ヴァルンテーゼ魔法学院の卒業生は、その証のケープを羽織るのを許される。が、それを常に羽織っているのは研究者や教授だけで、冒険者はふつう羽織らない。ルートヴァンも、学院史上数人しか授与されていない超特別優秀生のケープと黄金のメダルを、王宮の自室にしまっている。
この者もケープは羽織っていないが、その代わりにケープと共に授与される指輪を大事につけていた。やはりヴァルンテーゼ魔法学院の卒業生というのは、冒険者でも値打ちが違う。
その指輪をそれとなく見せ、慈悲を乞おうとも思ったが、ルートヴァンの性格上逆効果なのではないか……と、その魔術師は考え、それは正解だった。
もう1人の魔術師はガックリとうなだれ、幽体離脱したように膝から崩れた。彼は他流かつ在野の魔法塾の出身だったが、人の数倍も死に物狂いの努力をし、冒険者として生死をかけた実地を積んできた自負があった。それをたちどころに打ち砕かれ、才能と器のあまりの違いに、精神が折れたのだ。
残る裏勇者が、剣を置いて胡坐で座りこみ、
「さあ、煮るなり焼くなり好きにしろ! 魔王の手下めが!」
「フ……随分と潔いではないか」
ルートヴァンが、興味を持つ。嫌いではない。
「うるせえ! 世の中はな、天才だけが動かしてるんじゃねえぞ、オレたちみたいな地べたを這いずり回る連中が、世の中のほとんどなんだ! 雲の上にいる連中は、砂粒なんざあ踏みにじるだけでよ、いちいち見てもいねえだろうがな!」
「その通りだ。砂粒の1つ1つまで気にしていては、何もできんからな。我々の仕事は、砂粒の上に建っている建築物の管理と運営だ。国家という、建築物のな」
「ケッ、云いやがるぜ!!」
「だが……おまえの云うことは、筋が通っている。そのことを再確認した。その礼と、堂々と物を申す勇気に免じ、今回は2人の犠牲者で見逃すとしよう」
「なんだと!?」
「次は、噂や報酬だけで軽々しく身の程を超える相手に挑まないことだな」
巨大な炎柱が消え、魔法防御のある鎧ごと炭化した2人の戦士が、地上数十メートルから降ってきて五体バラバラに砕けた。魔法の武器も防具も、真っ黒に焦げ、ひしゃげている。
「……情けをかけるってのかよ!? さすが、坊ちゃんは甘えな! 次は寝首を掻かれるかもしれねえぞ!?」
「掻けるものなら、掻いてみるんだな。それに、そちらは同門の先輩でね……」
ルートヴァンがそこで、毛皮のフードを取った。そうして、控えた姿勢のまま半泣きで顔をあげた魔術師に、ニヤッと笑って見せた。
「で……殿下……!!」
魔術師が、半泣きから滂沱となった。
「恐れ入り……!」
嗚咽で、もう声が出なかった。顔を下げ、泣き崩れる。




