第15章「嘆きと大地の歌」 1-3 ホルストン王国バクス公爵バントラック卿
「いったい、どこの誰が、どのような怨恨で?」
「さすがに分からないね!」
「分かったところで、意味も無し……こちらは、粛々と全てを撃退すればすむこと……と、いうわけですな」
「その通り! そして、それは容易なはずだよ!」
「で、しょうな。ま、寒中行軍の暇つぶしや憂さ晴らし程度にはなるでしょう」
「フヒヒ……! じゃあ、役割をきめなよ、大公!」
オネランノタルは、すっかりゲーム感覚だった。
「僕が仕切ってもよろしいので?」
「人間の考えることは、よくわからないからね!」
そこまで分かっておきながら何を云うのか……とルートヴァンは内心苦笑したが、
「では、オネランノタル殿は強行威力偵察に出てもらいつつ、潰せるものは即座に潰していただく。徹底的かつ片っ端に!!」
「分かったよ!」
云うが、寒風に小雪が混じり出した暗い空模様に向かって、オネランノタルがいきなり飛んで行ってしまったので、隣を歩いていたピオラがびっくりし、
「たいこおお、番人はどこ行っちまったんだあ!?」
「みんな、止まってくれないか! はなしがある!」
ルートヴァンが全員を止め、風のなか大声で説明を始めた。
さて……。
ホルストン王国は建国から約500年をかぞえる、皇帝輩出権を持たない5つの外王国の1つであったが、その力は大きく、強力な騎士団と魔術師連盟があり、帝都の北西を護っている。さらに西には皇帝排出権を持つ古い6内王国の1であるバルべッハ王国があるが、国力や国威は逆転し、むしろ内王国を傀儡化、あるいは半支配下に置き、衛星国としている。バルベッハ王家との婚姻や養子縁組も進めており、事実上ホルストン王家の人間より皇帝を出したこともある。
国土は広いが、南部の大半以上をラネッツ荒野が占め、実質の国土は北部の平地と丘陵と森林地帯だけだった。魔術が発達しているが、独自の自然魔術を極め、国風も自然崇拝・精霊信仰的な面が強い。その意味で、滅亡したバレゲル森林エルフに考え方が近いが、これは収斂進化であり特に関係はない。
なお自然魔術とは、我々の概念で云うドルイド魔法や精霊魔法に近いものである。自然現象や草木を操る術に秀で、他の流派では一般的な魔法の矢や火の玉は存在しない。(が、例えば「木の実の爆弾魔法」や「木のトゲを打ち出す魔法」など、同じような効果の術はある。)
騎士団と魔術師が強力であるということは、それら出身の冒険者や勇者も多数、輩出していた。彼らはまず帝都に出て仲間を募り、帝国中を冒険していた。その場合、ラネッツ荒野は通らずに、北方街道を使う。
そのホルストン、ここ250年ほどは王家とそれを補佐する6つの公爵家で国を運営していた。この7家は互いに縁戚関係を結び、強固なつながりを持って、他の国内大小58諸侯を支配していた。
その6公爵家の1つで、バクス公爵バントラック卿という人物がいる。
63歳の好人物で、国王の信任も厚い。父親が、現国王の又従兄にあたる。
バントラック卿には男子が3人、女子が3人いて、長子は公爵家をいつ継いでもいいほどの青年貴族だった。二男も、武芸に秀でて公爵家騎士団長の要職を務めている。女子はみな他の公爵家や王家の分家に嫁に行った。
問題は、他のきょうだいと少し年の離れた末子のウェッソン卿だった。
ウエッソンは公に非常に可愛がられて育ち、容姿端麗、長兄に政治を、次兄に武芸を仕込まれ、また公爵家付の老魔術師(他国出身で通常魔法を使う)に魔術を教わった。才能ある魔法戦士として、あわよくば領地を与えられて独立してもおかしくないほどの好青年だった。国王にアピールするために王家騎士団に入るという選択肢もあったが、冒険者となり、勇者として名をあげると云い出した時も、兄たちは反対したが公は末子の云うなりで、金を惜しまず装備を買い与えたうえ、家臣から選りすぐり戦士や魔術師をつけて送り出した。
そして数年が経ち、末子はホルストンを代表する勇者として活躍。国王にも名が知られ、いよいよフィーデ山の火の魔王退治に赴いたのだった。
そう。
第6章でそのレミンハウエルを倒して魔王号を引き継いだストラに挑み、ゆび1本で返り討ちにあって全滅した3組の勇者一行の1組の、勇者ウェッソンである。
バクス公爵バントラック卿はその噂を聞き、ヴィヒヴァルンに調査隊を派遣して真相を知るや、発狂したように嘆き悲しみ、怒り狂った。
文字通り、狂ったといってよい。




