第14章「きおく」 6-13 黒い骨
「大船……!? 城か何かの間違いでは!?」
ペッテルも、規模の大きさに驚愕した。この世界の住人の概念では、巨大な船と云っても全長数十メートルが発想の限界だ。まして、ペッテルは山国から出たことが無いので、湖や沼に浮かぶボート以外の船を見たことが無い。本で読んだだけだ。その本で読んだ船の、数百倍の規模なのだ。
「公女様、どの部材を採集しますか?」
「え……? ええ……そうですね」
そう云われても、ペッテルも大きすぎるのとぐちゃぐちゃすぎるので、にわかに判断がつかなかった。まったく初めて目にするし……どれがどれやら……だ。
「リースヴィル、触ることは可能ですか?」
「もちろんです。感覚をつなぎます」
とはいえ、猛悪的な水圧や超低温までリンクしてはいけない。が、そこは「魔法」だ。部材の触感だけ、つなぐ。
「目の前の大きな船体? の、中に入れますか?」
「入れますよ」
船体の一部がひしゃげて大穴が空き、外殻部の頑丈な基礎フレームがむき出しになっている。真っ黒い巨大な生物の骨のように見えた。それが捻じれ、折れ、引きちぎれて虚無的に海中に手を広げていた。
ヤマハルのような殖民宇宙船は円筒形の宇宙コロニーに似て、外殻とそれを支える梁が最も頑丈で、中は空っぽが基本構造だ。いま、目の前にある壊れた傘の骨みたいな、むき出しになっている無数のフレーム部材が、ヤマハルで最も強度の高い部材だった。
ペッテルもリースヴィルも、それを知るはずもないが、自然とその「黒い骨」に注目していた。
とり急ぎ、リースヴィルは目の前に突き出ている長さ20メートル、幅60センチほどの、ひしゃげたフレームに近より、触ってみた。
リースヴィルは基本的な知識や記憶はルートヴァンからコピーされているが、初めて触る感触だった。金属のようで陶器のようでもあったし、有機的な感触も感じられた。なんにせよ、なんらかの複合合成部材だ。
「……どうですか? 公女様」
「未知の部材です。このようなものは、この世界にはありません」
「加工できますか?」
「どうやって加工するのか……から、実験を繰り返さないといけないでしょう」
それは、フローゼの修理にかなり時間を有することを意味する。
それ以前に、そもそも、どうやって切り出すのか?
それは、魔法を使うほかはない。
「切断魔法を試します」
リースヴィルが、真空派による切断術を思考行使で試す。
が、海中なので、激しい水流が埋まれるだけだった。接触するほどの超近接から放ってみたが、傷もつかなかった。
「水切断術を試します」
超高圧水流で敵を倒す魔法だ。
凄まじい水流が生まれ、それを極一点に集中する。これが難しい。ウォーターカッターで、生体や通常の金属装甲など、豆腐を切るように切ることができる。
が、水中なためか、部材が頑強なのか、ビクともしなかった。
「高熱魔法を試します」
プラズマ溶接に匹敵する火力を出したが、無傷だった。
「魔法の刃を出します」
あるとあらゆる魔法による刃物を試したが、文字通りどれも歯が立たない。
「これは頑丈だ!」
リースヴィルが眼をむいた。
「公女様、周囲に落ちているのを拾いますか?」
「いいえ、切り出せないと加工もできません。それに、壊れているということは、破壊する方法があるということです」
「確かに……」
とはいえ、ストラ級の破壊力や、ヤマハルが重力下の自重で折れ潰れるほどの力や、成層圏から海面へ叩きつけられるほどの衝撃をリースヴィルが発するのは不可能である。
「破断されている先端部を観察してみてください」
「分かりました」
リースヴィルが、巨大恐竜の肋骨めいた部材にそって上昇し、先端へ向かった。ぼっきりと折れている。
「折れるんですね」
リースヴィルが、破断面を間近から見やって云った。
「曲がってもいるでしょう」
全体にゆるいカーブがかかっているが、途中からグネグネと不自然な方向にゆがんで、そこで折れているように見えた。
「すごい力が加わって、曲がりつつ、耐えきれなくなって折れたのでしょう」
「しかし公女様、どちらにせよ、力まかせに折るだけでは、加工は難しいです」
「分かってます……リースヴィル、魔力の含有量を計測できますか?」
「魔力の?」
そこはさすがにペッテル、魔術師というより魔導技術者の発想だった。
「魔法術式ではなく、純粋な魔力の照射で、部材を強化する法があるのです。もしかしたら、この大船も……」
「なるほど、やってみます!」




