第14章「きおく」 6-12 ストラの現れる3523年前~そして、現在
そして殖民用の産業植物……マッピやスードイを、栽培マニュアルと共に船内より持ち出した。想定していた惑星とは異なる星だが、これでなんとか自活するしかない。
島中に、ヤマハルの船体よりはがれ落ちた外皮構成物質や部材が大量に散らばっていた。これは、この剥離状態であれば原始的なスピース熱処理で加工できるので、利用しない手はない。
ヤマハルは、1年後には、すっかりゲベロ島の地下に次元沈下してしまった。
ロンボーンが再びヤマハルの船内に戻ることができたのは、この世界の次元転移魔法を会得し、精神(魂魄)を銅鐸に移していた150年後だった。
島の周囲には、後にゲベラー海洋エルフと呼ばれる現生人類が住んでいた。ロンボーンはまず彼らから、この世界独自のスピース利用法、すなわち「魔法」を習う。
絶望と悲嘆にくれながらも、人びとは乗員、殖民奴隷の区別なく、協力して生活を始めた。
村長となったロンボーンは、眼を細めて、水平線に沈む夕日を見つめた。
いつか、必ず、絶対に……再びヤマハルを飛ばして、本星に戻ることを誓って。
ストラの現れる3523年前のことである。
そして、現在……。
ゲベル人も滅び、ゲベラー海洋エルフはゲベロ島を捨てて何処かへ消え去った。
島はギガトン級の疑似核熱爆発に曝されて、様相が一変した。
ヤマハルの飛び立った次元の裂け目は、未だ不安定にその口を開けている。
大気ほどの質量ならば、現状、裂け目に落ちることは無いのだが、もし海に裂け目が到った場合、海水が無限に吸いこまれる可能性がある危険性は変わっていない。
ヤマハルの行っていた環境改造効果は消え失せ、ゲベロ島は約3500年ぶりに本来の気候に戻っている。
北方の大海特有の冬の大嵐に見舞われて、風速50メートルもの暴風と猛吹雪、それに高さ20メートルにもなる大波が荒れ狂っていた。
そのスーパー台風並の超大型低気圧をものともせずに、海面近くに浮遊する物体があった。
鋼鉄の井桁を組み合わせたものに、マニュピレーター付のクレーンが複数、ついているような物体だった。
その物体のそばには、魔術師ローブ姿の少年が浮かんでいる。
リースヴィル(2号)だ。
魔力による分身体なので、寒さも暴風も関係ないし、なんなら呼吸も必要ない。
はるかノロマンドルより、浮遊と転送魔術を駆使して、はるばるやって来たのだ。
海底3000メートルより、宇宙船ヤマハルの基礎フレーム部材を引き上げるために。
その部材を使って、第九天限竜魔王神ゾールン(分体)に破壊されたフローゼの躯体を造り直すのである。
井桁クレーンの魔導機械は、ペッテルとリースヴィルの2人で製作した。
全自動行動では不安があったので、リースヴィルも現場まで来たのだった。
「公女様、聴こえますか?」
魔力通話で、リースヴィルが云った。
遠隔通信めいて、数秒ののち、
「聴こえます、リースヴィル」
ペッテルより返信があった。
この距離の魔力通話を可能にしているだけでも、すごい。リースヴィルが、魔力の塊であるからできる。とんでもない出力の通信機とでも云えばよいか。
「これより、海中に突入します」
「分かりました、海生の大型の魔物に注意してください」
「はい、公女様」
荒れ狂う波に向かって降下し、そのまま静かに装置とリースヴィルが海中に没する。まるで安っぽいAI合成だった。
海面下は、大嵐による分厚い雲で光が遮られ、既に真っ暗だった。
波が海面下数十メートルまでかき乱していたが、それ以降になると、急に静かになった。
どんどん降下しながらリースヴィル、
「公女様、視界をつなぎますよ」
「御願い」
リースヴィルの視界と、ペッテルの視界がリンクする。
「何も見えませんが……」
「あ、ごめんなさい」
リースヴィルが、強力な照明魔法を焚いた。
それでも、水の流れや、マリンスノー以外に何も見えるものはない。
時々、奇妙な深海生物が視界に現れては消えた。
心配されていた巨大な魔物(通常生物型を含む)は、特に遭遇しなかった。
そのまま、小1時間ほどで海底に到達した。自然沈下ではなく、魔力により加速して沈んだからだ。ちなみにリースヴィルは、そのまま海に潜っているので髪やローブが浮力で浮き上がっている。猛烈な水圧も、人間ではないので関係ない。呼吸もしていない。
「ありました! 空を飛ぶ大船です。魔王様のおっしゃっていた通りです!」
リースヴィルの照明魔法と視界では、全長2キロのヤマハルの残骸の全容を捕らえることは不可能だった。半径数メートルという光の範囲の中に、巨大な船体の一部や、バラバラになったその残骸が辺り一面に散らばっているのが分かった。また、そそり立つ壁のようにそびえている外壁部もあった。




