第14章「きおく」 6-11 後にゲベロ島と呼ばれる小島
「事象の地平線が見えました!」
「一気に超えろ!」
しかし78000ソプルでは、通常亜空間航行の500000分の1の距離だ。
突入した瞬間に脱出することになる。
この状況の通常航行で、副炉だけでは到達が難しいとはいえ、この規模の船による亜空間航行では近すぎるのも事実だった。そもそも、性能的に長距離航行しか想定していない。超高速小型宇宙艇がジャンプするような距離である。
シミュレーションができていない今、どんな影響があるのか、全く分からない。
しかし、やるしかなかった。
「事象の地平線を突破! 亜空間に突入!」
とたん、システムが自動で亜空間から脱出。
超急制動に耐えられず、次元推進機が、火を噴いた。
「減速! 減速しろ!」
「次元の壁に衝突するぞ!」
エネルギーが、第2スピース炉に逆流した。
「緊急停止!! 緊急停止!!」
緊急警報が鳴り響いて、第4制御室がパニックとなった。
「ギャア!!」
装置の一部が爆発して、制御室が半分も吹き飛んだ。消火装置が作動し、二酸化炭素が充満。脱出する間もなく、第4制御室が生き地獄と化す。
「システム制御不能! 航行不能です!!」
「なんとか割れ!! 次元を割れ!!!!」
七色の次元光が亜空間を引き裂き、ギリギリ通常空間に出た。
微妙に座標が狂い、宇宙空間に出るところが、既に大気圏内だった。
後にゲベロ島と呼ばれる小島の、上空だった。
「総員脱出!! 脱出しろ!!」
船長が叫び、総員脱出指令が出たが、船内各所はそれどころではなかった。
船体は、まだ半分亜空間なのだ。
「逃げろ!! 行くぞ!!」
ロンボーンが、マニュアル通りに部下を誘導する。
葉巻型のヤマハルが、次元光に滑ってゆっくりと回転を始めた。
既に天然重力下であり、船内がしっちゃかめっちゃかになる。
「うわっ、うわうわ……!」
天地が、逆さまになってゆく。
「危ない!!」
「こっちだ、がんばれ!!」
ロンボーンと第3制御室の機関員たちは、助け合いながら命懸けで脱出艇まで向かった。
途中で、どこの担当員かもわからない数人と合流し、また植民奴隷と思わしき人間とも20人ほど合流した。奴隷を排除する余裕もなかった
なんとか第3制御室より至近の脱出艇まで到達し、起動させて乗りこむと外部ハッチを開いた。激しく光る次元光の隙間に、大海原が見えた。
ちなみに、ここは総合機関制御室の人間も来ることになっていたが、誰も来なかった。
3隻の脱出艇のうち、起動しているのは、1隻だけだ。
「まだ、待ちますか!?」
「だめだ、残りの艇に乗ってもらおう、出るぞ!」
奴隷も含めたロンボーンたち38人が、ヤマハルを脱出した。
飛び出たとたん、ゆっくりと回転するヤマハルの船体が異常接近し、脱出艇は巨大なヤマハルのどこかと衝突しそうになった。が、ロンボーンがきわどい操縦でなんとかかわした。
チラッと、ヤマハルに激突して錐揉みしながら亜空間に吸いこまれる艇や、逆に真っ逆さまに海に落ちる艇が見えた。
「……!!」
死に物狂いで、ロンボーンはヤマハルを離れた。
けっきょく、脱出に成功したのは、ヤマハル全体で5隻、172人だった。
ヤマハルは、寒風が吹きすさび、高波が打ちつける絶海の孤島にそびえる高い火山のふもとに軟着陸した。
船長が全自動で設定しておいたのだ。
脱出できた中に、船長はおろかブリッジのクルーは誰もいなかった。
172人の中でロンボーンの職位が最も高かったので、自然とリーダーになった。
不時着したヤマハルはその場の留まっていたが、次元光と次元断裂が消えておらず、理論上ゆっくりと次元沈下をして、いずれは地面の下に消えてしまうのは確実だったので、すぐさま決死探検隊を募り、船内に戻った。
そこで、船内に生き残っていた37人を救出した。
ブリッジや総合機関制御室には、誰もいなかった。脱出に失敗し、亜空間を漂流したものか、絶海の藻屑と消えたものか……。
第2スピース炉はかろうして最低出力で運転を続けていたが、第4制御室が半壊しており、いつまで持つか分からなかった。
ロンボーンは船内でテラフォーミング用の環境調整器を起動し、このうすら寒い孤島の環境を整えた。アイドリングめいた持続運転の第2炉だけでは、島の周囲だけの環境変化がやっとだった。
また、スピース収集機を作動させたが、翅は展開せず、島の周囲のわずかなスピースをなんとか常時吸収できるだけだった。だが、これで炉が生きている間は最低限の運転ができるはずだ。




