第14章「きおく」 6-6 ピタリと35ロム突破
「主機、最大出力を20ロム突破」
設計上は最大を35ロムまで超えて運転できるが、それ以上はメーカー保証外であった。
いわゆる、レッドゾーンだ。
爆発しても文句は云えない。
「25ロム突破」
制御室に、異様な緊張が走った。
「主機に不規則な次元振動発生、次元波が乱れています」
「スピース供給をしぼれ」
ロンボーンの指示に、
「出力維持できませんが……」
「ちがう、絞りながら供給速度を上げるんだよ。こうするんだ」
ロンボーンが自ら操作し、畜スピース結晶からの供給機構が特殊な動きをする。
振動が収まり、スピース炉が安定して出力を上げ始めた。
「すげえ……!」
課員たちが、モニターとロンボーンを瞠目する。
「30ロム突破」
巨大な船体に、小さな地震のような揺れが断続的に起こった。とんでもない速度で突っ走っている証拠だ。暴走寸前である。
「海賊ども、こんな速度でも追いつけるのかよ!」
しかし、相手はただの海賊船ではない。海賊船のフリをした駆逐艦だ。最大速度で云えば、この巨大船の倍は出せる。
まさに巨大なクジラを襲う、シャチの群れみたいなものだ。
あとは、亜空間内戦闘の経験の差だった。
ブリッジでは、3隻の海賊船が何を狙っているのか、判断に迫られていた。
拿捕が目的なら、亜空間内のこの速度で拿捕は不可能……というほどもないが、かなり難しい。通常の海賊なら、とっくに諦めてしかるべきだった。
(やはり、端から撃沈するつもりか……!?)
そのつもりだったら、3隻というのは少ないし、軍閥であればもっと大型艦を用意するだろう。戦艦クラスはやりすぎにしても、巡洋艦クラスなら、2~3隻もいればヤマハルなど一撃だ。
(目的がわからんな……)
駆逐艦艦長経験のあるヤマハル船長が、渋い顔で口をへの字にひん曲げた
海賊ども、一定の距離をとったままピタリとヤマハルを追跡し、牽制のような近接砲撃を繰り返すのみなのだ。
拿捕であれば、3隻でヤマハルを囲み、反縮退効果を利用したスピース炉強制停止攻撃によって船を止めた後、専用のハッキングを行ってコントロールを奪う。
それにしたって、ヤマハルほどの船であれば5隻は欲しい。
ちなみに、軍艦はその反縮退効果を防止する特殊で分厚い装甲とバリア発生機がついているが、民間船は超高コストなのでほとんど装備していない。従って効果絶大だ。
(時間稼ぎか……?)
他の船を襲っている仲間を待っているのかもしれない。
あるいは、通常空間に追い出して、そこに仲間がいるのか。
その場合は、追いこみの追いこみ……二重の追いこみ作戦だ。
(そうだとしたら、ずいぶん手間がかかっている……そこまでするか? この船団に、そこまでの価値が?)
船長は、判断がつかなかった。
その場合はもう、とにかく逃げる他はない。燃料的には、ヤマハルに分がある。ひたすら逃げていれば、いずれは追跡しきれなくなるはずだった。
「さらに速度は上がるのか?」
連絡を受けた機関長、
「これ以上は危険です!」
(大型殖民船では、これが限界か……)
そう思いつつ、ほかに方法がない。
「限界ギリギリまで上げてくれ」
そう云われた機関長、一瞬、躊躇したが、事態は分かっている。復唱し、
「ロンボーン、35までいけるか?」
「いけますけど、20時間が限度です! 炉の耐久設計を越えますし、スピースを食いつぶしますよ」
ガス欠というわけだ。この全長2キロの巨大船が。
「20時間も追ってくるかなあ」
流石の機関長も、そうつぶやいた。
「分かりません。海賊に聴いてください」
「それもそうだ」
機関長、絶妙な腕前で、ピタリと35ロム突破に出力をつけた。
「うおお……!」
総合制御室や第3制御室の機関員たちが、感嘆の声を発した。




