第3章「うらぎり」 1-11 フランベルツ守備軍付ドロッペル傭兵団
ピアーダの表情が、明らかに驚愕に凍りつく。
「い、急げ! 早く注げ!」
給仕がどんどん注ぎ、どんどん飲む。もはや、我々でいう「わんこソバ」状態だ。
それぞれ書記係の給仕が数をつけて行くが、ぶっちぎりでペートリューが早い。
「お、おい、あんたたちの仲間、異常か!?」
秘書兵がバケモノでも見るかのような眼で、眉をひそめてペートリューを凝視した。
「異常かと云われると……異常でやんしょうね」
ポリポリとこめかみを掻いて、プランタンタンがつぶやいた。
五杯、六杯、七杯……グラスではなくゴブレットでそれだけ一気飲みすると、流石にピアーダも急激に酔ってくる。急性アルコール中毒になる危険もあるほどの、異様な飲み方だ。ゴブレットの一杯が、我々の小ジョッキほどの大きさなのだから。
片や、ペートリューはたちまち十五杯を超えた。
ダブルスコアで差がついている。
しかも、まったく酔っていないように見えるし、実際酔っていない。いや、そろそろほろ酔いか、というほどになってきた。
「閣下! そろそろ御止めに! こちらの方、ちょっとおかしいですよ!」
「らりおぅお! …おぇ」
ピアーダの眼が据わり、呂律が回らなくなっている。九杯目の途中で、完全に止まってしまった。
一方、ペートリューは二十杯目を余裕で飲み干した。
「も、もうやめて下さい! 閣下の負けです!」
秘書が止める。
「おらえ! かっれなころぅぅを!」
ピアーダが立ち上がったが、そのまま膝から崩れて床に倒れ、気絶してしまった。
「終了! 終了です! おい、閣下に水を! 急げ、お連れしろ!!」
給仕係やほかの使用人が、ピアーダを数人がかりで抱えて退室した。
「皆様の勝ちです! ストラさんの報酬は、月額2,500で結構ですから!」
「げへぇえッシッシシシッシ~~……おありがとうごぜえやすです!!」
目を細めてプランタンタンが揉み手し、秘書兵へすり寄ったが、秘書兵はそれどころではない。マンシューアル軍がいつ本格的に再侵攻してくるか分からないのに、
「飲み勝負なんかで、つぶされてたまるか……!」
プランタンタンとフューヴァが見合い、そろって肩をすくめた。
それにしても、だ。
「お前のお大酒飲みが役に立ったのを、初めて見たぜ」
フューヴァが感心しきって、まだ残ったワインを手酌で飲んでいるペートリューへ語りかけた。
「ごめん……トイレいきたい」
ワイン差しを全て飲み干して杯を置いたペートリューが、ゆっくりと立ち上がった。さすがに少しフラついている。
「吐くのかよ?」
「おしっこ」
「やれやれだ」
フューヴァが苦笑し、ペートリューへ肩を貸した。
それを見送るストラは、まだ最初のグラスを持ったままであった。
その日は、兵士に案内された仮宿(軍が兵士を滞在させるために借り上げている安いホテル)で休み、翌日、四人は改めて市役所内の傭兵隊本部を訪れた。
本部と云っても、大広間に軍の幹部が常駐している派遣軍全体の統合作戦本部と異なり、物置を改造した狭い事務所だった。
本部要員も、傭兵隊の補給や要員補充を専門に行う中隊長格(実質的に傭兵隊ナンバー2)の中年男性が一人と、役所から手伝いとして派遣されている事務員が二人の、三人だけだった。
「ようこそ、フランベルツ守備軍付ドロッペル傭兵団へ!」
中隊長格が、席より立ちあがってそう大声を張り上げた。髪が半分も無くほぼ真っ白なので見た目は五十代後半にも見えるが、三十九歳である。左目が剣傷でつぶれ、右のこめかみから頬にかけても大きな傷跡。さらに左手首が無く、右足も脛の途中から無く義足だった。男は陽気に肩をすくめ、
「こんな感じで戦闘は引退、いまじゃ補給隊長だ。ギットラルってもんだ」
ギットラルは四人を椅子に座らせ、席へ戻ると役人が渡した書類へ右目を走らせた。
「昨日は、将軍とサシ飲み勝負で勝ったんだって? 報酬も、ストラという人が月2,500!? とんでもねえぜ。軍は、朝からその噂で持ち切りだよ……。さて、アンタ達4人が加わって、傭兵団も47人となったわけだが」
「先週、5人死んだので、42人です」




