第14章「きおく」 6-3 資格マニア
第1から第5までの各制御室の室長、すなわち技術主任課長たちと交信。メールとリモート会議を合わせたようなもので、亜空間ドライヴ中は全室長が勤務中なため、すぐさま全員が応答した。
ちなみに、第1制御室は次元推進機一式の管理、第2制御室は各スピース炉及びエネルギー伝達回路管理、第3制御室は主機管理、第4制御室は補助機関管理、第5制御室はスピース収集機構一式管理を担っている。
「海賊ですか」
各室長も初めて聴いたようで、みな一様に驚いていた。
しかし、殖民航海に海賊はつきものなので、驚くのはそこではなく、12隻もの大船団がそろって最大速力で逃げるテストをしなくてはならないほどの大規模海賊団が出現しているという点だった。
「本番環境に備えて、各自問題点を洗いだしておけ」
「分かりました」
短い会議が終わり、ロンボーンがすぐさま今の情報を第3制御室で共有。現状、問題があるかどうか確認した。
「フル運転までまだ余裕があります。縮退機も、特段の異常は認められません。縮退順調」
「畜スピース結晶も問題ありません。強いて云えば、緊急テストにより、本亜空間ドライヴ後のスピース残量が想定の半分以下になる予定です」
「それは、きっと第2炉もいっしょだろう。総合に情報を送って、ドライヴ終了後ただちにスピース収集が必要だと伝えてくれ」
「分かりました」
各自ぬかりなく仕事を行い、その日の亜空間航行と臨時高速テストは無事に終了した。
総合機関室からブリッジにスピース収集の必要アリと既に伝わっており、スピース収集が発令。通常空間展開後にすぐさまヤマハルの船体から複雑に折りたたまれて格納されていた昆虫の羽のようなものが4対8枚現れた。長さ600メートル、幅最大で80メートルにも及び、宇宙空間を流れるスピースをとらえる。
ヤマハルの他にも、スピースを収集する船が多数、あった。
「次回亜空間航行は12日後、22回中20回目。それまで通常運転」
「了解」
ロンボーンは、これから3日間、非番だった。
非番と云っても、巨大タンカーみたいな殖民輸送船では、大してするとことはない。
娯楽も限られているし、スポーツをしたり、勉強したり、読書や音楽鑑賞、創作活動など、各自好きなことをする。ちなみに、無趣味でヒマを持て余すものは、長期間航行勤務に向いていない。
ロンボーンは、いろいろな資格をとることが趣味と云えば趣味だったので、非番はほぼ資格の勉強をしていた。我々の超一流大学に相当する教育機関を卒業しており、地球人年齢で30代後半で巨大宇宙船の主機管理責任者だ。とうぜん将来は機関長候補だし、スピース制御プログラムや縮退機管理プログラムに関する一級免許も有している。いま、亜空間航法を含む航海に関する各種の資格を勉強中で、これをとって実地を積めば、機関出身の船長も目標に入る。強いて云えば、そうなれば1人でヤマハルを動かすことも可能だ。
もっともロンボーンの場合は、将来は船長になりたいから資格を取るのではなく、資格をとること自体が目標で、船長になることができたらそれは結果だった。
つまり、資格マニアなのだ。
長距離大規模殖民船は非常に特殊な船で、火器管制も必要だし、数万人の睡眠奴隷の生体管理技術者もいる。殖民用の動植物の管理技士もいる。空間制御法による疑似重力があるので、船体空間制御管理技術者もいる。その他亜空間通信技術者、畜スピース結晶を含むスピース管理技術者も重要だ。
ちなみに彼らの文明では、奴隷は人工生殖により工業生産されている。条件付きだが基本的人権も認められており、奴隷管理法には愛護に関する条項もある。
食事は、人工的な流動宇宙食かと思いきや、意外に船内で生産される生鮮食料品であたたかい料理が出てくる。部屋で食べる者もいるし、実接触型コミュニケーションが重要視されているので食堂もある。
ロンボーンは資格のための各種勉強、船内散歩を兼ねた運動などをして3日間を何事もなく過ごし、9日間の連続勤務に戻った。
そして、20回目の亜空間航行の前日、準備を万端整えていた時である。
「ブリッジより各制御室へ緊急連絡、船団司令発、各船受け。海賊出現注意報発令。繰り返す、海賊出現注意報発令」
総合機関制御室を通さず、直接各制御室にアラートが届いた。皆、にわかに緊張する。
「火器管制、レベル1。実戦に備えよ」
「まじかよ……」
機関員の誰かがつぶやいた。辺境ではよくあるとはいえ、そうそう頻繁にあるものでもない。




