第14章「きおく」 5-14 ストラの現れる871年前
夜も松明や照明魔法が掲げられ、人びとは交代で祈り、呪文を唱え続けた。
ゴルダーイを、永遠にこの地から逃さないために。
ゴルダーイの神威を、永遠にこの地にとどめ置くために。
信者たちが、ゴルダーイの神聖魔力を永遠に受け取るために。
祈れば祈るほど、人びとの心に信仰力という神聖魔力が漲るのが分かった。
八日目の朝。
ゴルダーイは亜空間ごと、完全に封印された。
そのことにゴルダーイが気づいたのは、大神官となったチェスラヴァークが謁見してきた1年半後だった。
気づいたところで、どうしようもなかった。
この、信心により雁字搦めにされた封を外側より打ち破るには、信心を完全に排除するしかない。ウルゲリアの数百万の信徒……後世には1億にまで膨れ上がる……を、根絶させるのが前提だ。
内側より打ち破るには、術式に組みこまれてしまったゴルダーイがゴルダーイを止めなくてはならない。
自ら死ぬ以外に、ゴルダーイは答えを見いだせなかった。が、死のうとは思わなかった。いや……この心地よい永遠の亜空間が、自死するなどと云う発想を持たせなかった。
物理的に破壊するには、空間に影響を与えるほどの破壊力が必要だった。少なくとも、一点突破でメガトン単位の破壊力が必要だろう。この世界の攻撃力では、合魔魂前のタケマ=ミヅカ以外は不可能だ。自然現象でそれに匹敵するのは、大火山の局地的噴火か、直下型の大地震か。その両方……火山も断層も、この神の丘には無かった。
そもそも、そのためにマーラルはこの丘を選んだ。安定した亜空間を、千年単位で維持するために。
そこを、チェスラヴァークに利用された。
マーラルが気づいたのは、ほぼ100年後だった。
ゴルダーイはエルフだったので、伝え聞くかぎり元気でやっていると思っていたし、まさか自分の用意した亜空間ごと封印されているなどと夢にも思わなかった。都市国家と魔導研究機関の運営も忙しかった。むしろ封印術が単なる魔術式ではなく、「信心」でガッチリと固められているのを知り、感心した。マーラルでも、魔導的にどうしようもない。
もちろん、精神体のタケマ=ミヅカも、手も足も出ない。
(私としたことが……)
マーラルは後悔が痛恨を極め、自らの浅慮がつくづく嫌になった。
(……なにが仙人だ、救世の英雄のかけがえのない仲間と奉られ、神仙道の理を外れ、人の欲にまみれていい気になっていた……大ばか者め……)
次第に都市国家や研究機関から身を引き、姿を消して、数百年をかけて名のみになった。
そして、暴走し始めた秘密魔導結社「無何有」が魔薬を使い帝国を裏から牛耳り始めたのを機に、都市国家ごと無何有を滅ぼし、名も捨てたのだった。
ゴルダーイが、今日も静かに、囲炉裏の火を見つめて瞑想している。
封印から、何十年経っただろうか。100年はこえただろうか。
エルフにとって100年は短いのかもしれないが、ただこの庵にいるだけなのは話が違う。
まさに、永遠に感じられた。
時々、大神官が会いに来る。大神官しか、来られないらしい。
しかし、同じ大神官は、滅多に現れなかったし、現れたとして別人のように年を取っていた。
ゴルダーイは、永遠の信心を受けて、ウルゲリアじゅうの神聖魔力の根源となっている。
いつか、自然に死ぬ日が来るのだろうか。
その日が来るとして、その日を静かに待つほかはないのだろうか。
見つめていた囲炉裏の火が、生身の左目と、右のシンバルベリルに、揺れて映っていた。
ゴルダーイが、眼を、ゆっくりとつむった。
ストラの現れる871年前のことである。
6.ロンボーンの記憶
ロンボーンはスライデル星系第3殖民星クラバート出身で、殖民宇宙船「ヤマハル」機関区員である。それも、我々で云う30代後半にしてスピース炉管理制御担当第3技術主任課長という要職を務め、縮退スピース炉主機の現場責任者だった。




