第14章「きおく」 5-12 新たなる魔王
シュミトルが厳命し、街道を戻ってきたゴルダーイの行列は、フーリンの兵士にも護られ、堂々とシュミトルのいるフーリン城下に入った。
空堀と土塁に囲まれた城の門が開け放たれ、フーリン自らが街の広場でゴルダーイに拝謁した。
「シュミトル殿に御座るか!」
ターレクがまず対応し、
「いかさま! そういう貴卿は、ロウスラのターレク殿で?」
「いかさま。この度は……」
「分かっておりまする! ……このシュミトル、御聖女様に帰依いたし申す!」
「おおっ……!」
街の者も含め、ターレクたちも感嘆の声を発した。
「さ、どうぞ……御聖女様に御目通りを!」
「かたじけなく!」
そのまま人垣をかき分けて進み、広場の中央で、フーリン城下の野次馬に囲まれていたゴルダーイを見やったシュミトル、恐怖が倍増した。
(あ……あのようなエルフの田舎少女が……!?)
強大な魔物の群れを、たちまちのうちに殲滅せしめた。
(あ、新たなる魔王だ……!!)
そんな相手に、人間が何をしようと意味がない。
「御聖女様、畏れながら申し上げます! このフーリンを治めるシュミトル殿で御座りまする。このたび、御聖女様に帰依奉りたいとのことで……」
ターレクがそう仲介し、ゴルダーイがシュミトルを見やった。そこで初めて、シュミトルはその右目が真っ赤な義眼であることに気づいた。
(な……なんだ、あの右目……は……!)
一般人なので、シンバルベリルであることまでは気づかなかった。
光が蠢き……ウルゲリアの大地に沈む夕日のような……ウルゲンの人びとの流した血のような……そんな、赤だった。
わなわなと震えだしたシュミトルは駆け寄るようにしてゴルダーイの足下に跪き、
「お、おおっ、御聖女様!! この大地を、この大地に生きる者たちを、永遠に、永遠に御護り下され! そのために、このシュミトル、なんでも致し奉りまする!」
「わかりました」
無表情のゴルダーイが、そんなシュミトルの後頭部に手をかざし、祝福を与えた。
バレゲルの大森林を出発して34日後。
ついに、ゴルダーイがガードラに到着した。
ウルゲリア中西央部の反御聖女信仰17州をことごとく帰依させての、到着だった。
行列は膨れ上がり、7000人に達していた。
「お……御聖女様!! よくぞ……ガードラの地に……!!」
ウルゲリアでも1、2を争う大身領主であるチェスラヴァークが、それなりに豪華な身なりでゴルダーイを出迎えた。
「さ、さあ、さっそくながら『聖なる丘』へ! いまはまだ仮神殿ですが……この丘に、大神殿を建てる予定で御座ります! そこで、ごゆるりと……」
後年、王都ガードラの象徴となる壮麗極まる王都派大神殿の建つ聖なる丘も、この当時は単なるガードラの街の隅にある小山のような場所だった。そこを「聖なる丘」と称し、これから数百年をかけて、王宮大神殿を含む数々の建物で埋め尽くされることになる。
チェスラヴァークは53歳で、ウルゲリア統一の野望を抱く野心家であった。野心家だったが、統一にはゴルダーイの力が必要だと信じて疑わず、最初期からの忠実なる信徒でもあった。この時点でウルゲリアの1/8ほどの広大な土地を支配し、生産される食糧を他国にも売りさばいて莫大な財を築いていた。今後約1000年間、このガードラの地はウルゲリアの中心となる。
信者を引き連れた御聖女が長蛇の列をなしてガードラを練り歩き、聖なる丘に近づいた。
途中、歩きながらチェスラヴァークはねんごろにシュミトルを含む御聖女に帰依した17州の代表を労い、またターレクを褒めそやした。
「よくやってくれた、ターレク殿。そう、遠くない時期に来たるウルゲリア統一の暁には……大神殿の要職を約束しよう」
「お……あ、ハハあッ……! 有り難き幸せ……!」
礼をしたターレクが、内心、ほくそ笑む。
「お、御聖女様の御為に御座りまする!」
「うむ……御聖女様の御ために」
チェスラヴァークが、しっかりとうなずいた。
ターレクはその後、大神官補佐大司祭長まで昇りつめ、あと少しで第3代大神官になるところで世を去った。享年68歳だった。
ゴルダーイが到着したのは、簡素な石材と木板の建物だったが、塔もあり、この時代としては立派なほうだった。
「さ、さあ、お入りくだされ」
チェスラヴァークは、どこか緊張しているように思えた。




