第14章「きおく」 5-10 やりすぎ
荒野の秋晴れに振動が起き、空間が揺れた。
「な……なんだ!」
地震などは滅多に無い地帯なので、兵隊たちや着き従う人びとが天変地異に震えあがった。
地面は揺れ、いっせいに鳥が飛び立ち、鳥ごと空が歪んだ。
記憶のある者は、しかし、前時代の大規模な上級魔族や高位の大魔術師の侵攻を思い出した。
すなわち、空間転移魔法で軍勢を前線に送り出す際の前兆を。
「こ、ここに来ますぞ!」
「我らに気づいていたのか!」
ターレクが絶望的に目を見開いた。
(まさか、誘いこまれたとか!?)
広がった前線を一斉転送により一気に窄めて、御聖女を取り囲む気だろう。
(そんなことが……!)
ターレクは、すました顔のゴルダーイを見やった。
もう、全てを御聖女に賭けるしかない。
「い……祈れ、みな、御聖女様に祈りを捧げるのだ!!」
もはや彼らごときの一般人では、どうすることもできない。それほどの状況だった。本当に、祈るしかない。
ゴルダーイが、立ち上がった。
「御聖女様……!」
ゴルダーイを取り囲むようにしていた信者たちが、いっせいに伏し拝んだ。
そこに、50メートルもないだろう距離のところで、天を割って次々に大規模転送魔術で魔人たちが送りこまれて来た。
コブィル・トロールだ。
その数、5体。
まるでガラクタをくっつけたような、分厚い金属の鎧のようなものを身に着け、手に手に巨大な棒……いや、長さ数メートルはある丸太を持っていた。中には、箒のように木の枝や根が着いたまま持っている者もいる。
地上数メートルで術式から解放され、まさに空中降下した巨大ロボット兵のように着地する。これは、着地と同時に術を解くと、地面に叩きつけられるからである。
さらに、1体につき5~6体のノーマル・トロールも随伴していた。
ノーマル・トロールと云っても、体高が3~4メートルはあり、強力な魔法や火炎攻撃、魔法の武器でなくば傷がすぐざま再生してしまううえに、体力無双の攻撃力もあり、並の冒険者では1体でも手こずる相手だ。
それらが等間隔で横に並び、戦列を維持して、荒野を踏みしめながら一行に迫った。
「ひぃい……!」
一部の兵士が、バラバラと逃げ始めた。ターレクは止めなかった。止めようがない。
しかし、荒野を走っていた兵士が絶望に打ち震え、あわてて戻ってきた。
後ろを見ると、同じように背後にも2か所で転送が確認でき、10体のコブィル・トロール軍が出現していた。
さらに、距離が遠く地形でよく確認できないが、左右で合計3か所の転送があった。
(本当に、ぜ、全トロール軍を転送してきたのか……!!)
と、いうことは、30体のコブィル・トロールと、随伴のトロール兵推定100体以上が集結したことになる。
ターレクは、ひきつって笑ってしまった。
(チェスラヴァークめ、やりすぎだ!!)
救世の英雄とて、これほどの強力な魔物の群れ……いや、魔物の軍団を相手に、たった1人でどうにかなるのだろうか!?
勇者……いや、魔王タケマ=ミヅカとその一行の戦いを観たことが無い者がそう思っても、まったく不思議ではない。
彼らはしかし、「御聖女」「天の眼」「聖魔王」の力と恐ろしさを、目の当たりにすることになる……。
「御聖女様!」
「御聖女様ぁ……!!」
人びとの祈りを受け、ゴルダーイがまず正面の部隊を相手にするため、集団から離れて荒野を歩き始めた。
ターレクも、思わず両手を組み合わせて祈った。
通常であれば、小柄なバレゲルエルフの少女など眼にも入らないであろうが、その凶悪的な神聖魔力が、トロールどもの気づくところとなった。
ノーマルどもがなにやら喚き散らし、びびって足を止める。が、コブィル・トロールがそんなノーマルを容赦なく丸太で叩きのめし、折檻して吠え散らかした。
その時である。
天を覆うかのように、巨大な鐘の音が幾重にも響き渡った。
そして音よりもその気配に、トロールどもが天を見あげる。
空中高く、幅が6~8メートル……大きなものは10メートルほどもある巨大な目を象った真紅の紋様が、幾つも出現していた。




