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第14章「きおく」 5-9 そこまでする

 しかも、群れというわりには、かなり統率された動きをしていた。

 つまり、魔物の群れを上級魔族か、上級魔術師が率いている可能性が高い。

 何のために?

 (……まさか、チェスラヴァーク殿が……!?)


 フーリンを含む反御聖女地域において不信心な人間を魔物によって排除しつつ、御聖女がそれを退治し、あわよくば反御聖女派を一網打尽に帰依させる。一石二鳥ではないか。


 (そこまでする・・・・・・か……チェスラヴァーク……!)

 ターレクは内心、冷や汗をかいた。

 で、あれば、彼の仕事は決まってくる。

 「御聖女様、御聖女様!」

 列の後方に走り、ゴルダーイに裁可を求めた。そして、さりげなく誘導する。


 「御聖女様、ここは、是が非ともその魔物どもを退治し、御聖女様の御神威を、この地に知らしめましょうぞ!」


 「分かりました」


 あっさりとゴルダーイがそう云い放ち、右目のシンバルベリルが不気味な灼光を放った。


 ターレクは再び前列へ駆け戻るや、シュミトルの使者に息せききって云い放った。


 「い、いいだろう! 御聖女様御自ら、その不届きな魔物どもを殲滅してくれるわ! ただし……その暁には、フーリンを含む17州の領主と領民は、ことごとく御聖女様に帰依していただく!」



 一行はフーリン西部から街道を北に進み、やがて農道のような狭い道に至った。

 信者たちがぞろぞろ・・・・と着いてきていたので、歩みは遅くなった。

 「ターレク殿、あの者たちは、どこかで待たせていたほうが良いのでは?」


 「いや、あの者たちにも、御聖女様のおん奇跡を、その目に焼き付けさせるのだ!」


 ターレクは断言した。

 しかし、農道も消え、未開拓の荒野に至り、格段に進む速度が落ちた。

 また、随時シュミトルより連絡用魔法のカラスが来ており、状況を伝えた。


 「な……なんだ、ずいぶん戦線が広がっているな。魔物は30体ほどじゃあなかったのか?」


 地図を見やって、ターレクが驚いた。最初、イェルジーに現れたという魔物の群れは、イェルジーを蹂躙し、6方向に分かれて4州に侵入、長大な戦線を築いていた。


 「どう見ても、ただの魔物の群れではありませんな……!」


 部隊長も、冷や汗を流す。間違いなく、上級魔術師か何かに率いられている。つまり、魔物の軍団というわけだ。


 「ターレク殿、これを!」


 この当時の連絡用カラスは、まだ音声ではなく手紙を届けていた。しかし伝書バトみたいなものより確実だったし、運ぶ文書量も格段に多い。


 ターレクはその密書を手にし、息をのんだ。

 「な、なんと……現れた魔物は、コブィル・トロールだ!!」

 「げえっ……!」

 兵士たちがうめき声を発した。


 コブィル・トロールはトロールの一種だが、ウルゲンの魔人とすら呼ばれた凶悪な種で、身長が3~4メートルはあるノーマル・トロールのさらに倍の体格を持ち、とにかく狂暴なのだった。人間やエルフを含む、あらゆる相手を眼にしたとたん完膚なきまでに殺戮する。眼にしただけで、だ。特に理由はなく、単にそういう習性であると考えられていた。


 「それが、30体だと……!?」

 ターレクは、細かく震えてきた。

 (……まだ、そんなに残っていたのか……!)

 脂汗が、ダラダラと流れた。

 (どうする……!)


 しかし、ここで逃げたとして、兵は総崩れで散り散りになるのがオチだ。そんな状態で敵地のど真ん中のようなこの場所から、生きてロウスラまで戻るのは不可能だ。ターレクも、御聖女への信心が試される時だった。


 「き……きっと、数体ずつ分かれて、侵攻しているのだろう。あきらかに、何者かが意図をもって、我らウルゲンの大地を蹂躙しているのだ……!」


 「タ、ターレク殿……」


 兵士たちが、何とも云えない不安な眼差しでターレクを見た。ターレクの兵もいるが、行列を護衛する兵の大部分は、ロウスラの周辺から徴収、あるいは領主が自発的に出した借りもの・・・・だ。自然とターレクが率いているが、無暗に死なせるわけにはゆかない。


 (どうする……どうする……!!)

 ターレクは、脂汗を通り越して、緊張と恐怖で顔が青黒くなった。

 そんなターレクを見やって、兵士たちも泣きそうな顔となる。

 (だ……だが、ここにきてはもう、御聖女様を信じるほかはない……!!)

 ターレクは何度も額の汗をこぶしでぬぐい、

 「全て、御聖女様に……」

 とだけ、絞り出すように云った。


 兵士たちが少し離れたところで信者たちと話をしているゴルダーイを見やり、無言で祈り始めた。


 「御聖女様に、御任せするほかはない!」

 ターレクがそう云い放った時、異変は起きた。

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