第14章「きおく」 5-8 御聖女の聖なる行進
列の後方を見やると、信者たちに囲まれて悠々と歩いているゴルダーイが見えた。罵声や投石に怯える人々を、何をするというわけでもなく、ただ導いて歩いている。(ように見えた。)
「おお……!」
前列の兵士たちが、感嘆の声を上げる。
「さすが御聖女様だ! さあ、不信心に負けず、進もう! ガードラへ! 御聖女様の御導きで、必ずや奇跡は起きる!」
「ハハアーーッ!」
後の世に「御聖女の聖なる行進」と呼ばれることとなる伝説の列が、堂々と街道を歩いた。
そして、図らずも本当に奇跡は起きたのである。
ゴルダーイたちが街道をそのまま進み、フーラン深くに進入してきたという報告を受けたシュミトル、奥歯をかんで兵を動員したが……。
「おそれながら申し上げます!」
とある報告に、腰が抜けそうになった。
「イェルジーに、魔物の群れが現れたとのことに御座りまする!」
「魔物の群れだと!?!?」
シュミトルが眼をむいた。
「フラベークは迎え撃ったのか!?」
イェルジーはこのフーランの隣の土地で、同じく反御聖女信仰だ。フラベークとは、そこの領主である。フーランのシュミトルとは、同盟関係にある。
「壊滅的被害……とのこと! 周辺諸領地に、援軍の要請が!」
シュミトルが、城の床を踏み鳴らした。
「帝都の大魔神とやら、何をやっているのだ!」
しかし、タケマ=ミヅカが大魔神メシャルナーとして空間固定と世界鎮護を行ってから、まだ20年である。強力な魔物や魔族は半減したとはいえ、いなくなったわけではない。
「御聖女が来たとたんにこれか! とんだ疫病神……」
そこで、シュミトルが息をのんだ。
「……御聖女に使者を!」
「殿、如何なされるおつもりで!?」
シュミトル、ニヤリと口元をゆがめ、
「……救世の大英雄、御聖女ゴルダーイ……よもや、我らを見捨ててこの地を素通りするはずはあるまいて」
「な……なるほど、御聖女を、魔物の群れにぶつけるのですな!」
「同士討ちになってもよし! 御聖女が我らを見捨てれば、それを喧伝する!」
「さすが殿に御座りまする!」
家臣たちが手を打ってそう云いあった。
が、そのうちの1人が、
「御聖女が負けた場合は……いかがいたしまする?」
「その時は、御聖女などとんだ偽物だ! それも喧伝してやるわ! そして、我らも肚をくくって、魔物を退治せねばならん! しかし、そんなことは、父上の代には当たり前にしていたことだ! 忘れたか!」
「ハハッ!」
「殿……そ、それでは、御聖女が魔物の群れを見事に一掃した場合は、どうなさる?」
「む……」
シュミトル、そこでまた息をのんだ。
依頼しておき、そこまでしてもらって、これまで通りの態度でいられるはずがない。領民にや周辺諸領主に示しがつかぬ。それに、
(そ、それはさすがに、チェスラヴァークに、攻めこませる口実を与えかねん……!)
いいアイデアだと思ったが、そこまで想定していなかった。
だが、魔物の群れをどうにかしないといけないもの事実だ。
「……そのときは、表面ツラだけでも、御聖女を拝んでおけばよいだろうさ」
「御聖女に帰依なさるので!?」
「形だけだ! そんなことより、連中に魔物の群れをとっとと退治させろ!」
休憩していた行進の列に、シュミトルの使者が来たのは、翌日の夕刻前だった。
まず、ターレクが文書を確認する。
「なんと、イェルジーに魔物の群れ!?」
「いかさま!」
使者が答えた。
「御聖女におかれましては、なにとぞ、魔物の群れをその御力で!」
たちまち、前列の兵士たちがいきり立った。
「なにを、この、図々しい!!」
「ふざけるな、自分たちの領地だろう、自分たちで何とかしろ!」
「ターレク殿! 断りなされ!」
だが、ターレクはここでも冴えていた。
(こんなおあつらえ向きに、魔物の群れなど現れるものか……?)




