第14章「きおく」 5-7 もはや宗教戦争
チェスラヴァークとしても、なんとしてもこの空白地帯を埋めたいと考えていた。
ここが埋まれば、一気に信仰を広げることができる。
そのために、大胆にも御聖女本人を使おうというのがチェスラヴァークの考えだった。
「ターレク殿……いかがいたしますか。迂回するという手もありますが」
休憩中の、各家より派遣された兵士の部隊長クラスを集めた会議で、とある隊長がそう進言した。
「待て。御聖女様の大御心にもよるが……チェスラヴァーク殿は、きっと御聖女様がここを御通りになられるのを望んでいるはず」
部隊長たちが驚き、
「そ、それはどうしてでしょう」
「御聖女様の奇跡を、不信心な奴らに見せつけるのだ! そうして、この地もみな御聖女様の加護を受け、御聖女様に帰依する! チェスラヴァーク殿は、それを望んでおられるはずだ!」
「おおっ……!」
8人の部隊長たちが、眼を輝かせてターレクを見た。この重要な判断も、ターレクがチェスラヴァークに重用される要因となった。
翌日、ターレクはさっそくその旨をゴルダーイに進言した。
強力な神聖魔法で足や腰の悪い老人たちを診ていたゴルダーイが、ターレクをふり返って、
「では、まっすぐ行きましょうか」
「畏まりまして御座りまする!!」
ターレクは急いで各部隊長や、自然と班のような小集団に別れている各班のリーダーを集め、指示を発した。
「よいか! 先遣隊は御聖女様が御通りになると触れ回れ! どうせ文句をつけて通行を許可しないだろうが、容赦のない神罰が下ると云え! もう、ウルゲリアの大地は御聖女様の御加護が無いと立ち行かないと云え! 兵を向けてきたならば、命を懸けて戦え! 聖戦だぞ! 御聖女様に着き従う弱き人びとを、1人たりとも殺させるな! 世界を救い、神聖帝国を打ち建てた大英雄たる御聖女様がこのウルゲリアを統一し、地上の楽園を御創りになられる! その邪魔をする奴は、神の怒りで討ち滅ぼされると云え!」
「ハハァッ!」
先遣部隊で、20人からなる兵が馬を飛ばした。
「ここからが正念場だぞ! みな、御聖女様を信じるのだ!」
「ウオオオオオ!!!!」
ターレクの激に、2000人が右手を突き上げて応えた。
「御聖女様!! 御聖女様……!!」
「偉大なる天の眼……!!」
「御聖女様あああ!!!!」
人びとが連呼し、みな意気昂揚として街道を進んだ。
ウルゲリア西部から中央部へ抜ける街道の、最初の土地フーランが既に反御聖女信仰の中心地と呼べる土地だった。御聖女が信者を引き連れ、街道を東進しているという報告を既に受けていた領主のシュミトルは、兵と触れを出して待ち構えていた。街道筋の宿場村で御聖女の講話をぶっていた先遣隊を見つけるや、叩き出した。
「何が御聖女だ! 救世の英雄であるのは認めるが、生き神などこの世に存在してよいはずがない!」
それが、反御聖女信仰の御託であった。
「何がなんでも、御聖女を通すな! 勝手に迂回でも何でもしろと伝えよ! 強引に通るならば、こちらにも考えがあるぞ! 命を懸けて抗い、我らを神罰とやらで討ち滅ぼすというのであれば、生き神とやらもそこまでよ! とんだエセ神だと後世まで伝わろう!」
いきり立つシュミトルに、家臣たちも悲壮な覚悟で、
「このウルゲンの大地に、生き神以外も神はいると知らしめましょうぞ!!」
そう、答えた。
もはや宗教戦争の様相を呈してきた不穏な地に、ゴルダーイの巡礼の列は堂々と進入した。
一般大衆も信心の度合いはさまざまで、ゴルダーイたちを拝む隠れ信者もいれば、帰依はしないが敬意を表して深く礼をする者たちもいる。逆に、遠くから石を投げつける者どももいた。
「やっ……やめろ、やめんか!」
行列を護る兵士たちがそう怒鳴ったが、農民やその子どもたちは止めなかった。
「何が御聖女だ!」
「救世の英雄を使って、わしらを支配しようたってそうはいかねえぞ!」
と、いうわけであった。
「クソが! あいつら、御聖女様になんてことを!」
兵の1人が剣を抜きかけたが、ターレクはそれを減に禁じた。
「云わせておけ! シュミトルのやつが、領民にそう云いふらしているのだ!」
「しかしターレク殿! 御聖女様を侮辱されては!」
「あんなもの、侮辱のうちにも入らんわ! 見よ、御聖女様の泰然たる御姿を……!」




