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第14章「きおく」 5-5 ターレク

 少しは教養のある部隊長、見てすぐに御聖女だと看破したが、やすやすと信じるわけにはゆかない。いまさっき死んだ兵の云う通り、御聖女の偽物など掃いて捨てるほどいるのだ。


 「お……おまえが本当に御聖女様なら……『天の眼』を出せるはずだ!」


 それは、大魔神メシャルナーを補佐したという、伝説の……いや、神話・・の話だった。強大な神聖魔力により、御聖女はとてつもなく強力な魔物や魔族を、天の眼で次々に葬り去ったという。


 「どうだ!?」


 ゴーーーーン!! という分厚いカリヨンが鳴り響き、ゴルダーイの頭上……いや、村の上空に、赤い線模様による巨大な眼の紋様が浮かび上がった。それは、ゴルダーイの額に描かれているものと同じだった。


 「天の眼」である。

 「…………!!!!!!」

 部隊長が、気絶せんばかりに息を飲み、眼が出んばかりにその眼を見開いた。

 


 村の生き残りと、村を襲った兵士と、村の燃える煙を発見して急ぎ駆けつけた代官の兵士を引き連れて、ゴルダーイが代官のいる街に到達したのは、その翌日だった。


 「御聖女様だというのは、ほほ本当なのか!?」

 報告を受けた代官が転がるように城を出て、街の広場に現れた。


 街の者も含めた信者に囲まれ、祈りを一身に受けているゴルダーイを見やり、代官も震えが来た。


 (ほ……本物か……!?)

 そのゴルダーイが、ふと、代官を見やった。


 右目のシンバルベリルが、不気味な赤を凝縮し、光が蠢いて、血のような臙脂色に光った。


 40代半ばの代官がドッと全身に冷や汗をかき、


 「お……御聖女様!! こっこ、こここ、このたびは……どどっど、どうして……その……あ、あの……!」


 うまく、言葉が出なかった。

 「ガードラのチェスラヴァークという方に呼ばれました」

 「ガードラの!?」


 ガードラ地方を治めるチェスラヴァークは、ウルゲリア中央部の御聖女信仰の代表でもあった。また領主としても、ウルゲリアで1、2を争う大身だ。


 「では、このままガードラへ!?」

 「はい」

 代官は咄嗟に片膝をついて、


 「御聖女様!! もっもし、ももも、もしも、もしよろしければ、ガッガガ、ガードラへ向かう前に、わっ、わ、我が主ターレクより、ご、御挨拶を……!!」


 「ターレク?」


 この地方を治める国衆だった。規模としては、小規模の少し上、中堅の少し下と云ったところだ。


 どちらにせよ、街道を進めば、ターレクのいる城と城下街に至る。

 「いいですよ」

 代官が赤ら顔を上げて、

 「有り難き幸せええええ!!」


 なお、御聖女を領主に引き合わせた功によりこの代官はターレクの腹心となり、家宰に出世。後年、孫が独立して領主(神殿貴族)となった。

 


 巡礼の旅のように、街道を進めば進むほど、人びとがゴルダーイに突き従った。


 ターレクのいるロウスラ城下に入ったときには、100人を越えていた。ちょっとした小規模集落に匹敵する人数だった。


 だが、収穫真っ盛りの農民までぞろぞろ引き連れているわけではない。


 多くは、あぶれ者や働けないもの、それに無頼の者だ。兵士は、護衛とそれらの弱い人々を助けるために、自発的に着き従っていた。


 時と場合によっては、領主の支配を脅かしかねない危険な信仰集団であったが、その領主がそもそも御聖女信仰に帰依しているとなれば、そうではない。


 「おっ、お、おお、御聖女様だとぉお!?!?」


 半分ひきつったような笑みで、報告を受けたターレクが執務室の席から立ちあがった。23で領主となり、いま38歳の働き盛りだ。


 「ほッ……」

 「本物だそうで御座りまする!」

 転がるように部屋を出て、

 「開門! 開門せよ! 御聖女様を城内へ!!!!」

 よく確認もせずに云い放った。

 「御出迎えには誰を!?」

 「余が行く!!!!」


 ターレクが自ら馬を飛ばして街の広場に到着すると、信じる人びとの祈りや信じない人びとの疑念を一身に受けていたゴルダーイが、無表情で見つめた。


 その出迎えが領主本人だったので、集まっていた城下の人びとも驚いて礼をする。

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