第14章「きおく」 5-4 神罰
凍りついたようにゴルダーイを凝視する兵士を押しやり、他の兵士が、
「来い!」
ゴルダーイの手を取って、襲撃部隊長の元へ行こうとする。
瞬間、電撃と衝撃波が混じったようなものがほとばしり、兵士が全身を仰け反らせながら後ろにひっくり返った。そのまま痙攣していたが、すぐに動かなくなった。
「……てってめえ、ま、魔法を!」
もう1人が叫んだが、声が震えていた。しかし、最初に気づいた1人が、
「その御力! 赤い眼! 額の紋様! ……もしや貴女様は、『天の眼』こと大森林の御聖女様ではありますまいか!?」
「えええッ!?」
と、騒いでいた周囲の兵士もその声に注目する。
にわかに喧騒が消え、建物の燃える音だけが午後の集落に響いた。
「そ……そんな馬鹿な! 御聖女様が、こんなところに……!」
そこへ、半裸で泣きじゃくる10代半ばの若い女を引きずっていた兵士が、わざわざ近寄ってきた。たっぷりと犯し終わり、売り払うために引き連れていた。正統な戦利品だった。
「おい、おまえ、御聖女様だってのかあ!?」
ゴルダーイの前に立ち、睨みつけたが……バレゲルエルフ、少女、右目が赤い義眼、額の紋様……と、知識にある云い伝えの御聖女とうり二つだったので、兵士はたちまち怯んで震えだした。
「ま……まさかだろ……」
「おんせいじょさまああああ!! おだずげえええええ!! おだずけぐださいいいいい!!!!」
痩せて日焼けし、ソバカスだらけで、見栄えもけしてよくはないが優しい少女は、ボロボロの衣服をまだ兵士に掴まれたまま、殴られて腫れあがった顔で泣き叫んでゴルダーイに救いを求めた。両親と祖父母は殺され、弟と妹2人はなんとか森に逃げたが、消息不明。家畜と食糧も奪われた。
「おんぜいじょざまああああ!!!!」
「うっ……うるせえ! だまらねえか!」
男が、栗金色の少女の髪をひっつかんで揺さぶった。ガクガクと揺れながら、少女はありったけの声で叫びとおした。
「おだずげぐだざいいいい!!!! おだずげぐだざいいいい!!!!」
「だまりやあがれ!」
「黙るのは、あなたです」
ゴルダーイが、初めて声を出した。聴いただけで、背筋が凍るような声だった。
兵士が、すくみあがって少女を離した。少女が半裸のまま、よろめくようにゴルダーイの足元にすがり、跪いてその靴に額をすりつける。
「に……偽物だろ! 御聖女の偽物なんざあ、珍しくもねえ!」
ある兵士がそう云い、つかつかとゴルダーイに歩み寄った。
「や……やめろ! 神罰が下るぞ……!」
違う兵士が脂汗を浮かべてそう云ったが、信心の薄いその兵士、やおらゴルダーイの首筋に刀をつけた。
「おまえが本物なら、首を切っても死なねえだろ」
云うが、刀を押しあてつつ思い切り引いた。
が……。
ばったりと倒れたのは、兵士のほうだった。
ゴルダーイでなくとも、このていどの藝は、ある程度のレベルの魔術師ならだれでもできる。
が、このタイミングや状況で、ここまで上手くできるかどうかは、話が違う。
倒れた兵士は、魔力が一撃で心臓を止めて変死していた。効果的には、即死魔法と一緒だ。首の刃物も、何のことは無い、魔力が防いだ。魔力の直接行使の一種であるし、魔法で云えばごく初歩の防御魔法である。
「し……神罰だ!!」
「本物だ!」
「御助け!!」
「御聖女様!!」
兵士たちが次々に武器を捨て、ゴルダーイに片膝をついて伏し拝んだ。
ゴルダーイが右手を上げ、
「以後、私を信じる者同士のいっさい争いを禁止します。私に逆らうものは、容赦のない神罰が下ります。どこの領主の手の者か知りませんが、死にたくなくば、従うように」
「ハハアアーーーーーーッッ!!!!」
10人ほどの兵士たちが、いっせいに返事をした。
「何の騒ぎだ!」
襲撃部隊長と側近の3人が、片膝をつく兵たちの後ろから現れた。
「あっ……!」
「隊長殿、お、御聖女様が!」
ふり返った兵士に云われ、部隊長、
「御聖女様だと!?」
眼をむいてゴルダーイを見据えた。
(……う……!)




