第14章「きおく」 5-3 一方的な殺戮と略奪
遠目に見て、小柄なゴルダーイをその黒髪や褐色肌の横顔や少し長い耳で違和感を感じる者は少なかったが、しかし、正面からすれ違ったものは、紛れもなくバレゲルエルフであることを確認し、またその右目が重度に充血しているかの如く真っ赤になっているので、思わず息を飲んで凝視した。
しかしそれでも、すれ違った珍しいエルフの少女が、いまウルゲリアに広がっている広域信仰の対象そのもの、御聖女であるとまでは思わない。
その集落に、突如として喧騒が轟いた。
敵対している近隣国衆の無頼兵が穀物を強奪、畑に火をかけ、この地の領主を弱らせようと攻撃してきたのだ。
襲撃に気づいた農民があわてて逃げ惑い、兵士は矢で農民を襲った。
そのまま村に入り、皆殺しと誘拐、略奪、そして放火が彼らの仕事(任務)だった。
仕事(任務)なので、隊長クラスは真剣だ。失敗すると責任を取らされる。
が、兵卒ども、こんな愉しい仕事ならいつでも大歓迎とばかりにはしゃいでいる。
「ハヒャアアーッハハッハア!! そらそら逃げろ逃げろ!!」
「逃げねえと死んじまうぜ! 逃げても死ぬけどなあ!」
30頭ほどの頑丈で蹄も大きな軍用の毛長馬が地響きをたてながら装甲車めいて疾走し、街道から田畑に入って踏み荒らす。
「畜生が! 止めろ、止めてくれ!」
「おまえたちだって収穫が無いと困るだろうが!!」
一部の農民がそう喚いて抗議したが、兵士が馬上から片手持ちの長曲刀で脳天を叩き切った。
「……収穫が無ければ奪うだけだろ、これだから百姓はバカなんだ」
どっちがバカなのかという話だが……。
兵卒などと云うのは、どこの世界のどの時代でも、こんなものだろう。
「早く、早く代官様に知らせを!!」
村から急ぎ早馬が出ようとしたが、そこは襲撃部隊の隊長が目ざとく発見。
「行かせるな!」
側近の3人が馬を飛ばす。2人が村を素通りして後を追い、1人が大きく回り道をして側面をついた。
早馬と云っても軍馬や伝達馬ではなく、あくまで農耕馬だったので、体力はあるが遅い。たちまち追いつかれそうになり、伝令は街道を離れて森に入った。森の中では、農耕馬のほうが慣れている。
と、思ったが、回りこんだ1人が既に待ち伏せていた。
突如として藪より現れ、
「!!」
伝令が驚いたときには、軍馬の体当たりを食らった農耕馬がよろめき、バランスを崩して動揺した伝令は肩から胸を袈裟に切り裂かれて落馬した。
そこを、馬を返した兵士が滅茶苦茶に蹄で踏みつけ、蹴散らかして確実に殺した。
さらに念を入れ、兵士は馬から降りると、動かなくなった伝令を刀で三度、突いた。
そして、仲間と合流し、村に戻った。
村では、一方的な殺戮と略奪が行われていた。
男と老人は殺され、若い女は犯されてから殺された。奴隷として売れそうな女子供は、縄で縛って連れ帰る。
森へ逃れることができたのは、全人口200人の3割ほどだった。
そんなところに、街道から何事もないかのごとく現れたものがいた。
ゴルダーイだ。
地味ながら魔術師ローブを着こんでおり、子どものように小柄な旅の魔術師だと分かるが、
「……エルフじゃねえか!」
兵士たちが驚きに声をあげた。
「高く売れるぜ!」
「待て! ……魔法使いだ」
「おい、止まれ! 止まらねえか!」
刀を突きつけながら、3人の兵が素早くゴルダーイを取り囲んだ。
……が、ゴルダーイは無視して歩き続ける。
「おい、言葉が分からねえのかよ! バレゲルのチビ黒が!」
全体に小柄なバレゲル森林エルフたちを蔑むとき、ウルゲリアの人間はそう云う。
初めて、ゴルダーイが歩みを止め、その兵士を見あげるように一瞥した。
そして、兵士もそこで初めてゴルダーイの右目が真っ赤な義眼であることに気づいた。
さらに、額に赤い顔料で描かれている第3の眼のような紋様。
「……おまえ……」
この時点で、世界を救った手助けをした生き神たる御聖女信仰は、ウルゲリアの6割以上の人びとに浸透していた。意外かもしれないが、この襲っている兵士も、襲われている村も、御聖女に帰依しているという点で、信仰面では同じだった。
そのため、神殿組織は御聖女に帰依しているもの同士争いをやめ、ウルゲリアを統一しようとしていた。




