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第14章「きおく」 5-2 それほどの神聖魔力

 しかし、珍しいバレゲル森林エルフの、しかも少女が1人で街道を旅しているとなれば……。


 御聖女とは分からずとも、目立つのには変わりはない。


 この時代、まだ前時代の濃厚な魔力が残っており、人心も荒廃し、戦国時代さながらの殺伐とした空気であった。魔族も魔物も、減ってきたとはいえ、けして少なくはない。


 そのため、人心をまとめるための御聖女信仰であり、人びとが一致団結協力し、この大地を豊かな楽園に変えるための神殿組織だった。100にも及ぶ国衆が群雄割拠しているウルゲリアを統一する王が現れるとしたら、外部からの侵略がもっとも現実的だったが、ウルゲリアの人びとはそれを望まなかった。一部の領主が御聖女信仰の元に協力し合い、我々の歴史で云うところの一向一揆衆による自治州や、教会組織による自治国家のようなものを目指していた。


 それには、御聖女たるゴルダーイの降臨が不可欠だった。後に初代大神官となるチェスラヴァークは、そう考えていた。


 民族衣装の上に旅のマントを着たゴルダーイは、秋も深まってみな最後の収穫にいそしむウルゲルアの大地をゆっくりと進んだ。1000年後は、この120倍もの面積が穀倉地帯となり、帝国の食糧庫と呼ばれるまでになる。


 この時代は、点在する村々を出たら、未開拓の大草原や森林、または荒野が広がっていた。


 その荒野で……。


 エルフの少女を、矢継ぎ早に野盗や魔物や、国衆の抱える無頼兵までもが襲った。


 「おい、こいつあ、エルフじゃねえか!」

 「バレゲルエルフが迷子かあ!? 森に連れ帰ってやるよ、こっちに来い!」


 などと声をかけてくるのはまだいいほうで、ある時などは藪の陰からいきなり農民のような姿の男がゴルダーイを誘拐するべく無言で踊りかかった。


 とたんに、とんでもないレベルの電撃が炸裂して、感電して跳ね返った男が白煙をあげながら地面に転がって動かなくなった。


 ゴルダーイ、無表情のまま、無視して歩き続ける。


 毛長馬リャドフに乗った5人の盗賊どもは、珍しいエルフをさんざんに嬲って遊んでから大金で売り飛ばそうとし、囃したてながら街道でゴルダーイを取り囲んだ。


 エルフの少女が1人と云っても、腕の立つ冒険者が観ればその物腰や、なにより右目に埋まるシンバルベリルに恐れおののくだろう。魔術師であれば、隠しても隠しきれない魔王の魔力に気絶するかもしれない。


 だが、無頼凶賊ではどうにもならぬ。


 馬でゴルダーイの周囲を周り、散々にふざけていたが、ゴルダーイが完全無視で歩き続けるので、


 「……舐めてんのか、こいつ!」

 「かまわねえ、ひっさらえ!」


 1人が馬上より腕を伸ばし、ゴルダーイの肩のあたりを掴み、そのまま馬で引きずった。


 と、思ったら、逆にゴルダーイに引きずり落された。

 「!?」

 仲間は、その男が失敗してバランスを崩し、自ら落ちたと思った。

 「なにやってやが……!」


 もう、5人の賊と5頭の馬が、即死魔法ならぬ高濃度魔力の暴露で即死していた。


 魔力の直接行使ですらない。

 害虫に殺虫剤でもかけたかのようだ。

 神聖魔力といえど、強すぎる魔力は魔毒となる。

 巻きこまれた馬は、御気の毒というほかはない。

 ゴルダーイが、そのまま歩き続けた。


 またある時には、真っ黒い巨大ミミズの集合体のような魔物が地面に広がる泥水のような闇より出現してゴルダーイを襲ったが、ゴルダーイが一瞥しただけで蒸発した。


 そんな魔物が多い時には1日に7度も現れたが、ゴルダーイは全てを視線だけで片付けた。


 それほどの神聖魔力なのだ。


 ブーランジュウの形見のシンバルベリルは通常魔力だったが、ゴルダーイの肉体を通すことによって神聖魔力に変換された。


 その魔力量は、まさに新たな魔王にふさわしいもので、無楽仙人マーラルが一抹の不安を覚えるほどだった。


 すなわち、ゴルダーイの繊細な精神が、その膨大な魔力に耐えられないのではないか……という不安である。


 今のところゴルダーイは、少しずつ感情を失いつつも自我を保っているので、マーラルも様子見ということにしていたが……。


 森を出て3日後。荒野からまたとある集落に入り、人びとが麦(のような穀物)を総出で刈っている横を、ゴルダーイはガードラ方面に向けてテクテクと歩いていた。


 みな農作業に忙しく立ちはたらいており、ほとんどの者がゴルダーイを気にも留めなかったが、


 (おや……?)

 と、思う者はいた。珍しいエルフが1人で歩いているのだから。

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