第14章「きおく」 5-1 ゴルダーイの記憶
5.ゴルダーイの記憶
バーレン=リューズ神聖帝国成立より、20年が過ぎた。
初代皇帝アウスケストラーウス(1世)は、タケマ=ミヅカたちの冒険の最後の戦いを見届けた、「神の子」と呼ばれた少年であったという。
タケマ=ミヅカは3つの黒色シンバルベリルと合魔魂を行い、広大な盆地の地下異空間に沈んだ。
その真上に、世界鎮護を成すタケマ=ミヅカを護るために巨大な城と都市と帝国を築いた。
皇帝の補佐には、タケマ=ミヅカの忠臣にして無二の友人、最後まで倒しきれなかった大敵ゾールンの封印を護る王国の王となった雷鳴王イヴァールガルと、天地開闢を知る魔術の達人にして不老不死を得たという無楽仙人こと魔術師マーラル、そしてはるか西方の大帝国の数代前の王朝の子孫であり、タケマ=ミヅカに帰依してこの戦いを生き残り、新たにバーレ王国を築くことになる道士タン=ファン=リィの3人が就いた。
異能の魔術師ロンボーンは、帝国の建設にはいっさい関与せず、姿を消し放浪の旅に戻った。
同じく正体不明の死乃火であるゲントーも、最後の戦いが終わったとき、忽然と掻き消えていた。
タケマ=ミヅカに帰依した魔族ブーランジュウは、最後の戦いでタケマ=ミヅカを庇って死んだ。
そして「天の眼」こと、神聖魔術の超絶天才、ゴルダーイは……。
「御聖女様、御出発の用意が御整いまして御座ります」
後にウルゲリア王国となる広大にして肥沃な大地の北西部にあるバレゲルの大森林地帯に、前時代のさらに以前よりバレゲル森林エルフが住み着いている。バレゲル森林エルフたちは褐色肌で漆黒の髪を持ち、顔立ちも西方人に近く、一重の細い目に丸顔でのっぺりしている。が、そこはエルフなので、耳も少しとがっているし西方人とも違う独特の風貌だった。カラフルな民族衣装に身を包み、男も女も髪飾りを欠かさない。
ゴルダーイは、故郷のこの森に戻っていた。
生まれながらに膨大な神聖魔力を有し、「天の眼」と呼ばれた超絶天才神聖魔術師のゴルダーイは、いまや神となったタケマ=ミヅカを最後まで助けた功をもって、彼女自身も生き神としてエルフたちに崇められていた。
その右目は最後の戦いで失われ、ブーランジュウの形見である真紅のシンバルベリルが義眼めいて埋まっている。
100歳を超えているが、エルフとしては年少のゴルダーイが戦いで傷ついた心身は、20年が経過しても、完全には癒されていなかった。
20年間、ほとんど森の奥の神殿に引きこもっていたゴルダーイが、ウルゲリアの大地を旅して回ろうと思い立ち、その準備を進めていた矢先、後に王都となるガードラより、とある知らせが来たのだった。
それは、少しずつウルゲリアの大地に広まっていたゴルダーイを崇拝する生き神たる御聖女信仰によりウルゲリアを統一せんがため、ガードラに大神殿を建て、ぜひ御聖女様に御降臨願い奉りたいという知らせだった。
知らせの主は、その地で信仰をとりまとめているという、チェスラヴァークなる者だった。
「誰ですか?」
神殿の広間で、神座にちょこんと正座するゴルダーイが、下段の板の間に胡坐で座っている族長に尋ねた。しかし、エルフたちは人間の信仰にはいっさい関わっていなかったので、誰も知らなかった。
「御聖女様、行かれないほうがよろしいかと」
族長の側近がそう云った。
「御聖女様をどうにかできるような者など、この地にはおるまい。御聖女様の大御心に従いまするが、人間どもが御聖女様を崇め奉るのを断る理由もないかと」
族長がそう云い、無表情のゴルダーイを見た。かつて、すぐはにかんだように苦笑していた愛らしい顔はすでになく、ストラを思わせる鉄扉面だった。
「どうせ、気晴らしに歩き回ろうと思っていたところです。その途中で、この者たちの住むところに寄るのもいいでしょう」
ゴルダーイがそう云い放ち、無言で族長以下バレゲルエルフたちの幹部が深く額づいた。
そのようなわけで、ゴルダーイは再び森を発つことになった。かつてタケマ=ミヅカと共に旅立ってから、30数年ぶりだった。
その際、族長が5人ほど御供をつけようとしたが、ゴルダーイが断った。
御聖断なので逆らえるはずもなく、ゴルダーイは1人で旅立った。
そうして、二度と戻ることは無かった。
バレゲルの大森林より、広大で平和な田園地帯を街道沿いに歩きに歩いて、後に王都となるガードラまで20日はかかった。
御聖女信仰はこの大地の人びとにかなり広まってはいたが、まさかその生き神が供も連れずに1人でのんびり街道を歩いているなど誰も夢にも思わず、意外にゴルダーイだと気づかれなかった。そもそも、この20年間森の奥に引き籠もっていたので、ゴルダーイの存在は尾ひれはひれがついており、実際に会ったことのある者でなければ、まったくもって気づかない。誰も、その容姿や特徴を知らないのだ。




