第14章「きおく」 4-15 ストラの現れる74年前
火が噴きあがり、周囲の草木の一部を焦がしながら、立木が切断されて倒れる。
それを乗り越え、逆袈裟に博士を切りつけた。
博士が、もう3発、魔法弾を撃った。銃で云うと7連装なので、これでカンバンだ。
ふらついた姿勢だったので、2発、どこかへ飛んで行ったが、1発は間違いなくフローゼのどこかに当たった。はずだったが、フローゼはものともせずに刀を斜め下より振りあげた。
焔が逆巻き、博士も熱波にたじろいたが、刀は届かなかった。
(……いまだ……!)
博士が、一気に脱出を計った。
とたん、射程距離に博士を入れたフローゼが刀を右手に持ち、両腕を開くようなかっこうで腰を落とし、ペッテルがこの時のために開発してフローゼの体内に搭載していた必殺兵器を発動させた。
魔力阻害装置である。
博士が味わったことのない波動が、全身の魔族の細胞をゆるがした。
魔力に生命活動を依存している魔族(魔物)にとって、魔力の流れを断ち切られると、たちまち生命維持に支障をきたす。他の生物で云うと、血流と神経伝達を同時に阻害されるようなものだ。病態で例えるなら、強烈な神経毒接種と重篤な脳梗塞と心筋梗塞が同時におきたに等しい。
「……!?!???!!??!?」
博士の身体がたちまち崩れ、魔族の部分が細胞から崩壊する。
15秒とかからずに博士が分解され、衣服と豪奢で分厚い魔術師ローブが地面に落ちた。魔族だった部分が、黒い煙のようなチリとなって空中に立ち上った。
「…………!」
フローゼが、小さく震えながら、ジャングルに横たわるその魔術師ローブを見下ろした。
(……やった……!!)
そして、感慨深げに目をつむり、人間でいう心臓の辺りへ左手を当てた。
そこに、ペッテルが苦心して開発した「魔力阻害装置」が納められている。
ただ、この時点では試作品もいいところで、いま発動したのもほとんどぶっつけ本番だった。また、いったんペッテルが調整しないと2発目はない。連発がきかないのだ。
気を落ち着かせて、フローゼは慎重に魔術師ローブを観察した。まだチリが立ち上っており、ピクリとも動かない。
フローゼは納刀し、博士の魔力を探知する装置により、さらに慎重に経過を観察する。
まだ残存魔力が濃厚だったが、それも急速に霧散し、10分もすると完全に博士の魔力は消え失せた。
そこまで確認して……はじめてフローゼは目を細めて泣きそうな表情になり、しみじみとチリも立たなくなったローブを見つめた。
ややしばらくそうしていたが、やがて、踵を返して、その場を後にした。
甲高い動物の声が、どこからともなく密林に響いた。
その日の、夜。
いつまで経っても博士の飛行ゴンドラが村落の上空に現れないので、不審に思ったヴィーキュラーガナンダレ密林エルフが3人ほど、探索に来た。帝国へ戻るのに、意図して遠回りしない限り、必ずエルフの集落の上を通るはずなのだ。
そこで、博士が一般のエルフが動揺しないよう気を利かせて遠回りした……と、族長が判断しなかったのは、流石だったと云えよう。
「空を飛ぶ箱が壊れたのか?」
そう思い、若いのを探索に出した。
族長がここまで気を配ったのは、当然のごとく、そもそも博士を召喚したのは竜魔皇神ゾールンの命だったからだ。
3人が、倒された博士を発見したのは、偶然ではない。
エルフの超感覚が、未だに濃厚に残る戦闘の気配を察知した。
密林に似つかわしくない、魔法の炎の燃えた跡や、魔法の武器が使われた痕跡だ。
大気が、森が、記憶していたと云っても過言ではない。
3人が急いで森を進み、博士が半日かけた距離を2時間ほどで踏破。ジャングルの闇を見通すエルフの眼で、人為的に倒された木と、焼け焦げた跡、それに、博士の魔術師ローブを発見した。
「……まだ生きているぞ!」
密林エルフの1人が、慎重にローブを抱え上げた。
魔族の部分を失った、人間の部分の博士が、虫の息ながら間違いなく生きて、そこにいた。
だが、無数の蟻がたかり、食われて、死ぬ寸前だった。
そう。
フローゼは、博士がペッテルと同じ半魔族だと分からなかったのだ。
見るからに人間ではない=魔族だと思いこんでいた。
それで、見逃して去った。
エルフたちが、急いで村に戻った。
ストラの現れる74年前のことである。




