第3章「うらぎり」 1-9 一本だけ
「無理だよ、きみ。いくら私でも。公的な組織には、予算というものがあるんだ。また、他の傭兵の手前というものもある」
「ごもっとでやんす! じゃあ、せめて3,000……」
「だめだ」
「2,500ではいかがでやんしょ!」
(相変わらず、すげえな、コイツ)
フューヴァが半ば呆れて、プランタンタンを見つめる。
「まあまあ、待ちたまえ」
ピアーダが、再び席に着いた。
「傭兵なのだから、最前線での活躍次第だよ、きみ。フィッシャーデアーデで一位というからには、生半可な戦闘力ではないのだろう? そうは見えないが……」
「旦那は、凄腕の魔法戦士なんでやんす!」
「素晴らしい! では、マンシューアル軍要人の一人や二人、倒していただければ、いくらでも値を上げることができる。傭兵というのは、そういう世界だ」
「さいでやんすか……」
ピアーダの云っていることに間違いや破綻は無く、プランタンタンも引き下がらざるを得なかった。
「まあしかし、いま、私は気分がいい。非常にね。素晴らしい兵士と、情報を得たのだから。ちょっと、一杯つきあってくれたまえ」
ピアーダが手を上げたが、秘書兵士が怖い顔となり、
「将軍!」
「……いいじゃないか、きみ、少しだけだ。今の話を聞いていたろう? ストラ氏が間一髪でギュムンデを脱出し、このスラブライエンに来たのは僥倖だよ。それを祝うだけだ」
「しかし……」
「一本だけだ」
「……一本だけですよ?」
どこかで聞いたようなやり取りだと思い、プランタンタンとフューヴァが嫌な予感と良い予感とが入り混じったような顔つきで、推移を見守る。
すぐに、雰囲気からして高級そうなワインと、この世界のこの時代では、これも高級製品であるガラスのグラスが運ばれてきた。
「さ、さ、遠慮せず、つきあってくれたまえ!」
ご機嫌でピアーダ自らコルク栓を抜き、グラスへ澄みきった臙脂色の液体を注いだ。色からして、安ワインと違って見えた。
「あっしはいいでやんす」
プランタンタンがつぶやいたが、フューヴァがまた肘で小突き、
「余計なこと云うな。口だけつけて、アレに飲ませろ」
ペートリューを視線で指す。
「さいでやんすね……」
そのペートリュー、ボサる前髪の合間から目を輝かせ、
「そっ、それ、フランベルツ家御用達のワイン銘柄『冬の旅』ですよね!? そ、そんな、そんな高級なの、のまっ、飲ませて!! いただけるんですか!?!?!?」
いきなり、そう喰いついた。
「ハア?」
と、プランタンタンとフューヴァが眉をひそめたが、
「なんだね、きみ! 詳しいじゃないか! さては、きみも相当な好きものだね?」
ピアーダも楽しそうにそう返したものだから、ついついプランタンタン、
「好きも何も、このペートリューさんは、まさに蟒蛇でさあ」
「なんと、そんなに飲めるのかね?」
「飲ませてみりゃあ、分かりやんすよ。将軍の旦那も、驚いて、ひっくり返りやんすぜ」
「ほほう……」
ピアーダはゆっくりと息をついて、ペートリューを見つめた。
「面白い……」
その眼が据わってくる。
秘書兵士が、大嘆息と共に額を押さえた。
「いや、自分で云うのもなんだが、私もね、かなりイケるクチなものでね。フランベルツ軍では私にかなう者はいないし、ということは、フランベルツに私以上飲める者はいないと自負する。神聖帝国広しと云えども、まあ私ほど飲めるのは、そうはいないだろうね」
「ええー、そうなんですか? すごいです!」
適当に云いつつ、ペートリューはもうヨダレが溢れてきそうだった。
それを確認し、ピアーダ、
「フフ……真の酒飲みの反応だ……さ、さ、まずは一杯、飲ってみたまえ」
グラスが配られ、もう薫りだけでペートリューは全身が融けそうな顔をした。
「では、我らの出会いに乾杯!」
「かんぱぁい!」




