第14章「きおく」 4-14 忘れたなあ
「そうだったかな」
「依頼したのは、だれ?」
「覚えておらんね」
博士が、目元をぴくぴくと動かしながら、ひきつった表情ではぐらかす。時間を稼ぎ、脱出のタイミングを計る。
「公女ペテルショーネの父、ノロマンドル公アーテルベルリーグその人なのでは?」
「さあね……」
「それでは、貴方が勝手にやった?」
「さすがに、我輩のほうで勝手にはできんよ! そんなちからはない」
「じゃ、やはりノロマンドル公が……?」
「……仕事がら、そうなるかもな」
フローゼが片手下段に焔刀を構えながら、じわじわと間合いを詰めるが、博士は時に木の陰に隠れながら見事に距離を取って、フローゼを近づけさせなかった。
(クソッ……あと数歩なのに……!)
その焦りを悟られまいと、フローゼが眼を細めた。
いっぽう、焦っていたのは博士も一緒だ。
魔力で飛ぶゴンドラは、フローゼを挟んで向こう側にあるのだ。
なんとか……なんとか位置を変え、一気にゴンドラへ到達し、脱出しなくてはならない。
(だがその際に、考えなくてはならない想定が3つ……こいつの直接攻撃が、箱の浮遊速度を上回る場合。こいつが、空を飛べる場合。こいつの攻撃が、脱出途中の箱をとらえることのできる遠隔攻撃の場合)
もっとも、到達できなければそんな想定も関係ない。
(フン……護身の武器が、何もないと思うなよ……)
博士は、元々魔術師ではあったが、どちらかというと魔導技術士であり、魔法の道具を作るのが専門だった。魔族との融合研究も、結局は融合装置を作る研究だ。
従って、一般的な通常魔術は素人に等しかった。特に、攻撃魔法は。冒険者や魔術教師ではなく、研究者なのだから。
そのため、自身が戦うにしても、魔法の道具を使っての戦闘となる。
そのことに、フローゼが気づいているのかどうか……。
(人間ごとき、即死するぞ……)
博士は、フローゼが人間ではなく魔像の一種であると気づいていなかった。
博士が所持している護身用の武器は、我々でいう拳銃だった。
魔法の武器なので、拳銃そのものではない。拳銃に匹敵する、魔法の武器だ。
そういうたぐいの発明品は、この世界に意外とあった。
魔力を利用し、単発の魔法の矢や小規模の雷撃、火弾を打ち出すもの、あるいは超高圧の風や水を撃ち出すもの。さらには、魔力そのものを発射するもの。
形状は銃型でなくとも、掌におさまるほどの大きさで、なにか握るようになっているというのは、変わらない。
博士はまるで軽く浮遊しているかのように魔術師ローブの裾をひるがえし、ジャングルを移動して位置を変えた。
フローゼはしかし、偶然ながら博士が目指しているゴンドラをずっと背にし、博士を近づけさせなかった。
それが博士の焦りをつのらせた。
(なんだ……こいつ、まさか飛行箱のことを知って、我輩を近づけさせまいと……!?)
博士が引きつって笑っているような顔をゆがめ、フローゼを睨みつける。
フローゼはゆっくりと間合いと機を計り、なんとか博士を射程距離に納めようとした。
「……もうひとつ教えなさい。どうやって、公女と魔族を融合させた?」
あまりに愚問だったので、思わず博士は仰け反ってフローゼを見下すように睥睨した。
ランゲンマンハルゲン博士の長年の研究成果、秘中の秘である人間と魔族の融合技術を、他人に教えるなどと!!
「ばかか、おまえは!」
半笑いでそう答え、フローゼが眼をむいて歯ぎしりした。
「なにィ!!」
「いいや、忘れたなあ!! そんなものは!!」
それは、企業秘密を教えるわけがないという意味だったが、フローゼの怒りが爆発した。
無言で焔刀を振りあげ、一気に走り寄った。
博士が、すかさずローブの内より右手を出し、既に掴んでいた杖先だけのような、極めて短い短杖の先より連続して圧縮した魔法の矢を発した。まさに、8mmほどの口径の拳銃並の速度と威力がある。
だが、フローゼは発射された4発の魔法弾を、全て焔刀で弾き飛ばした。
「!?」
即座にフローゼが人間ではないと判断した博士が、最大限の力で脱出を試みる。
流れるように動きで大きめの木の陰に隠れたが、フローゼがその立木ごと袈裟に両断した。




