第14章「きおく」 4-13 ランゲンマンハルゲン博士
この時点で、帝国の人間には全く知られていない未知のエルフであるヴィーキュラーガナンダレ密林エルフは、南方の各人種と同じようなこげ茶色の肌にフローゼにも似た真っ赤な髪と眼をし、色とりどりの布を巻きつけた衣服を着ている。魔力が高く、金属加工にも秀でていて、シンバルベリルの制作も得意だった。中には、通常の色ではないかなり特殊なシンバルベリルもあるという。その魔力と器用さを、さらに魔族の力で補おうというのが、ゾールンの魂胆であった。
族長に出迎えられたランゲンマンハルゲン博士は、顔面の半分ほどの面積が有毒両生類の肌のような魔族めいて黒字に銀と青の混じった斑点がある肌をし、眼も右目がクリームイエローに輝いていた。魔術師ローブに身を包み、右手は人間だが左手は小さなブロックで作った人形のようにゴツゴツしていて、かつ指が4本だった。
「融合したい魔族はもういるのかね?」
博士が、ひきつったような表情でそう尋ねた。そのひきつった感じが、笑顔にも見える。言語は、エルフ側で言語調整魔術を使用していた。
「いや、特に……」
「適性があるからな」
「左様で」
族長に、研究室代わりの宿舎に案内された博士が、その殺風景な、ロッジのような建物の内部を見渡し、
「我輩としても、エルフと魔族の融合は初めてだ。やったことがない。人間との融合を応用しつつ、基礎から研究せねばならん。長丁場になるかもしれんし、結果として失敗もありうるが」
「時間はいくらでもある。博士もそうでは?」
「たしかに!」
博士は魔族と融合したことにより、エルフほどとまではゆかないにしても、人間の数倍の寿命を得ていると考えられた。博士が自然死するまで、正確な数字は分からないが。
「長丁場であればしかし、我輩の研究室より研究実験道具を移さなくてはならんが……我輩は、転送魔法は使えん。何かいい方法があるかね?」
「そう云われても……」
「では、まずそこからか」
「そうだな」
「いったん、研究所へ戻る。どこがいいかな……」
世界中の研究アジトのどこのどの施設や道具が良いのか、博士は楽しそうに逡巡したが、
「まあいい、おって連絡する」
「分かり申した」
博士は、さっそく密林エルフの集落を出た。
そもそも、ここまで来るのも大儀だったが、魔導博士、魔導技術者として、魔力を利用した乗り物の研究もしていた。博士は、エルフの集落よりかなり離れたところに停めてある、魔力で浮遊する1人乗りの魔法の箱まで歩いた。これは、エルフの集落に着陸をしようとしたら、エルフが恐ろしがって大騒ぎになったためだ。
似たようなもので、魔力で浮遊する馬車は、既に第6章に登場している。
あれはヴィヒヴァルン王家の威信をかけた豪華さであったが、博士の乗り物は実に簡素だった。1人乗りのゴンドラのような外観と内装だった。
博士は、集落から半日ほど歩いたところに着陸した。魔力ビーコンを頼りに、密林をひたすら歩いて戻る。
半魔族であるため、魔族の力をもって割と難なく歩く。
(もっと大型の、貨物用の浮遊移動箱を作るところからだな……)
博士が、漠然とそう考えていたとき……。
木々の合間より、忽然と1人の剣士が現れた。
「…………!」
博士が驚きつつも、その真っ赤ないでたちの女剣士を凝視した。
フローゼである。
「……何者かね?」
博士が、ひきつったような笑顔に見える表情で身構え、魔族の身体能力でふわりと距離を取った。
(できる……)
フローゼが、気を引き締めた。必殺の間合いを取ったつもりだったが……。
「敵が多いことを、自覚してるみたいね」
フローゼが、そう云いながら腰の刀を抜いた。とたん、刀身が燃え上がった。
「ほう! その刀剣は……バーレ北部……いや、イェブ=クィープの」
「知ってるんだ」
「知識だけは……」
「殺す前に、質問が」
「殺されようとしているのに、そんなものにこたえる義務はないと思うがね」
フローゼは無視して、
「かつて、ノロマンドル公女を魔族と融合させたでしょう」




