第14章「きおく」 4-9 バンリカー
大密林の奥、ガナンの地のさらに奥に向かったという情報を得て。
ガナンへ到着してから魔力を探知しようと思っていたが、こうなればしょうがないだろう。
と云うのも、この時期のフローゼは自身で魔力をあまり有しておらず、これらの装置を常時稼働させているわけにはゆかないのだ。それでなくとも、言語調整装置をフル稼働しているのに。あまり複数の装置を回しっぱなしにしていると、自身が動けなくなってしまう。フローゼは、魔力で動いているのだから。我々の概念で云うと、バッテリー容量が少ない時期……とでもいえばよいか。(後にストラと出会う頃は、改良によりかなり魔力を蓄え、自然回復速度も上がっている。)
と……。
「ガナンへ行きたいのか?」
フローゼに話しかけた若者が、いた。
ふり返ると、赤茶色の肌に赤茶色の縮れ髪をした、団子っ鼻に一重の目の細い青年が、赤い布を巻きつけたような衣服を着て、裸足で立っていた。槍のような、細く長い杖を持っている。見た感じは、10代半ばに思えた。
「ええ。貴方は、ガナンの人?」
「そうだ」
「もしかして、ガナンへ戻るとか?」
「そうだ」
なんたる渡りに船! フローゼが思わず笑顔で手を打った。
「ちゃんと代金を払うから、案内してくれないかな?」
「いいぞ」
「いくら?」
「北の金は、ガナンじゃ使えない。金より物がいい」
「モノ? どんなの?」
「その刀がいい」
少年が、サーベルめいてフローゼの腰に吊ってある赤鞘の刀を指した。
「さ……さすがに、これは無理だなあ」
「じゃ、他の武器でいい」
「これはどう?」
フローゼは、腰の斜め後ろでベルトに備え付けている、攻撃力付与+15の魔法の中型ナイフを抜いて見せた。万能ナイフとして愛用品だったが、仕方がない。
「この小刀は、魔法の道具で……魔物にも効果があるよ」
受け取って、少年が細い眼をさらに細くして、しげしげとナイフを見やった。
「いいぞ。これ、もらう」
「商談成立」
「じゃ、行こう」
「今から?」
「そうだ」
ナイフを布でくるみ、無造作にぶ厚そうな革の肩下げカバンに入れた青年が、スタスタと歩きだしたので、フローゼもあわてて続いた。
「き、きみ、名前は?」
「ナマエ?」
「何て呼ばれて?」
「バンリカー」
「じゃ、私もそうやって?」
「ああ」
「バンリカー、旅の準備はいいの? 私は、このままでいいんだけど……」
「いい」
「食べ物や飲み物は?」
「ぜんぶ森にある」
「へえ……」
フローゼが感心する。こんな着の身着のままで大密林を案内するなどと、一瞬カタリだと思ったが、たぶんガナンの人は本当にそんな感じなのだろう。嘘をついているようには見えなかった。
「バンリカーは、魔法使い?」
「見習い」
「へえ……仲間の見送りかなんかで、ドゥヌスに?」
「そうそう。仲間、砂の向こうに行く。おれも早く行きたい」
「ガナンじゃ、みんなそうやって帝国に?」
「みんなじゃない。たまに。魔法うまいやつ」
「ふうん……」
フローゼは見慣れない帝国の魔術師が来ていないか尋ねようと思ったが、いまは止めた。ガナンに到着してからのほうがよいだろう。そこまでに、信頼関係を構築しようと考えた。




