第14章「きおく」 4-8 ガナンへの道
(なるほど、それがドゥヌス語ってわけ……)
あとは、自分もそのドゥヌス語を話すだけだ。
それも、なるべくドゥヌス語が流暢な者……ドゥヌス人を探した。
(こいつは、どうだろ……?)
とある店の前で話に興じている真っ黒い肌の女性に近づき、
「私の云ってる言葉が分かる?」
女性と、その相手をしていたもう少し肌の薄い老爺が驚いて眼を丸くし、
「分かるよ! 私らの言葉を話せる帝国人は、初めてだ!」
よしよしと思いつつ、フロ-ゼ、
(帝国人という認識があるんだ)
と、こっちも少し驚いた。
「あ、もっとも、ここいらの出身の連中はのぞいて、な」
老爺がそう云って笑った。南方出身の帰化帝都人のことだろう。同じ南方人でも、帝都に何代も住み着いている人びとは、もう南方の言葉など話せない。
「北の人間が、ここまで来るのは滅多に無い。しかも、我々の言葉を話す人は、60年生きて初めてだ」
老爺が、今度はまじめな顔つきでそう云った。我々の感覚では60歳など初老だろうが、この世界の厳しい環境では75にも80にも見える。
「冒険にしたって、1人で?」
「まあね。ガナンってところに行きたいんだけど、誰か道が分かる人はいる?」
「ガナンに!? 魔法使いを雇いたいんなら、ここで待ってたら勝手に来るよ」
今度は女性が素っ頓狂な声をあげた。
「いや、そういうわけじゃなくって……私が行きたいんだけど」
「そうなんだ? わざわざ?」
「うん」
「へええ……」
女性と老爺が、これでもかと目を丸くするのを見やって、フローゼ、
(現地人でも、相当な理由が無いとガナンへは行かないってこと、か……)
内心そう苦笑せざるを得ぬ。
「でも、ガナンってのは、そんなに魔法使いが?」
「大昔、魔法使いの王の治める国があったからな」
老爺がそう答えたが、あまりいい顔ではない。
「いまは滅んだってこと?」
「王が周辺の小さな国や部族を魔法で支配し、叛乱が起きて滅んだ」
「いつの話?」
「わからん。大昔だ」
「その名残で、いまもガナンには魔法使いが?」
「村ごとに、さまざまな部族がさまざまな魔法を使うぞ。腕試しや、一攫千金をねらって、北の都に行く。そのまま帰ってこないものも多い」
「知ってる」
「それに、ガナンの奥には、妙なエルフもいるらしい……」
「エルフが!?」
云われるまで、フローゼは南方大陸にエルフがいるとは考えもしなかった。
「どんなエルフ?」
「知らない。見たことが無い、ガナンの連中に聴いただけだ」
老爺が顔をしかめて首を振り、話を戻した。
「ガナンに行きたいのなら、ガナンから来た奴に金を払って戻ってもらうほかはないだろう。しかし、これから北の都に行こうって張り切ってやって来ているのに、わざわざ戻るやつはいないと思う」
「そう……ありがとう」
フローゼが礼を云い、赤い眼を細めてその場を去った。
(かなり時間がかかるだろうけど……ここから魔力を手繰ってみるか……?)
フローゼの体内には、幾つかの特殊装置が組みこまれている。
必殺の「魔力阻害装置」のほか、「言語調整装置」もそうだし、「魔力探知装置」もそうだ。
ただ、この魔力探知装置は上級魔術師のように不特定かつ任意の魔術の術式や魔力を探知するものではなく、あらかじめ設定された特定の魔力のみを探知する。
それはもちろん、ペッテルを魔族と融合させた魔術師(あるいは魔族)張本人の魔力だ……。
公爵の城に微かに残っていた魔力の痕跡を、ペッテルは装置に……ひいては、フローゼに記憶させた。従って、フローゼは目標であるその魔族か魔術師の魔力のみを感知できる。それが逆に、無数にある様々な魔力の痕跡の中から、目標だけを探し出すことにつながっている。
その微かな魔力の痕跡を追って、フローゼは帝国中を旅し……特にバーレ王国を中心に巡ってきた。バーレでは、魔術師がかつて所属していたという組織の末端にまでたどり着いたが、既に組織を抜けた後だった。むしろ、組織でもその魔術師を探しているという。
そして、巡り巡ってこの南方まで来た。




