第14章「きおく」 4-7 ドゥヌス
3人目の賊、急激に手綱を引いて竜を止め、一転して脱兎のごとく逃走に入った。矢をつがえていた賊も、あわてて続いた。右手を失った賊も何とかそれに続いたが、出血と衝撃のためかその途中で竜から落ち、動かなくなった。
フローゼはそれらを追わず、急いで隊商に戻った。
案の定、5人の盗賊があらぬ方向から挟撃を仕掛けてきていたのだった。
「フローゼ殿おお!!」
青ざめていた商人たちが、救世主でも見たかのように表情を明るくする。
「……!!」
真っ赤な夕日の陽炎に入り混じった焔を見やって、襲撃の失敗を悟った別動隊が急カーブを描いて緩い砂丘を駆け上り、逃げ去った。
「いや、さすがの腕前と竜さばきだ!」
「それに、その焔の魔法の剣!」
戦闘部族は、誰であろうと戦闘に長けたものに敬意を表する。
「フローゼ! その名は、我らの部族に長く語り継がれる!」
滅多に見せない笑顔で、護衛兵たちが口々にそう褒めたたえた。
「そういうあんたたちも、さすがに1人も欠けてないじゃない」
フローゼが不敵な笑みで、5人の護衛兵たちを見やった。
「だが、我らだけではとうてい敵わなかったのも事実だ」
「そうかもね。とはいえ……」
フローゼが、安堵しきっている商人たちに目を向ける。
「積み荷に関しては、いっさい関係が無いから詳細は聴かないけど……どうなの? まだあの規模で襲われそう?」
つまり、それほど高価なものを運んでいるのか? という意味である。
「いや、しかし……情報が漏れるはずは……」
「そんなの分からないじゃない。この中に、手引きしたヤツがいるかもよ?」
ギョッとして、商人たちが互いや護衛兵、フローゼを見やった。
商人隊の頭が、大きく息をつき、
「……確かに、ボライロの街は生き馬の目を抜くような街。どこに誰が潜んでいるのか、かいもく見当が。しかし、そうだとしても、正直、戻りのほうが金めのモノは多いですよ」
「ふうん……」
生かして捕らえた盗賊に泥を吐かせる手もあったが、そこまでする必要性も感じなかったので、殺してしまった。砂の上に、フローゼと護衛兵が倒した賊の死体が、7人ほど転がっている。
(まさか……私をねらってたんじゃないだろうな……)
フローゼはそう思ったが、黙っていた。つまり、これから追いこむ大密林の奥地にいる魔族が、敵の接近を察知して手を回してきた……。
(いや……さすがに考えすぎか……)
フローゼが、作り物のように美しい赤い眼を細める。そうだとしても、襲ってくるのはふつう魔物だろう。
(まあいいや、どうせあと何日かで別れるし……帰りは、自分たちで頑張ってもらおう)
フローゼが黙って竜に乗ったので、みなも竜に乗り、無言のまま旅を再開した。
その後は賊の襲撃もなく、オアシスにもう一度寄って、ボライロを出てきっかり10日後に大密林の玄関口たるドゥスヌに到着した。ドゥヌスはとんでもない田舎だったが、街の規模や人口はむしろボライロより大きいように感じた。
フローゼは隊商と別れ、ガナンへ行く算段を始めた。
(すごいとこに来たな……)
はるか北方、ガフ=シュ=インの大平原や、西方の最果てであるバーレのさらに西の大湿地帯も見てきたが、負けず劣らずの地の果てに思えた。
人々の家はほとんどが土壁で、屋根は草木だった。原始的と云えばその通りだが、熱と湿気から身を護るのに最適なのだろう。たまに、木造で高床式の大きな家があった。やはり金持ちか権力者の家らしい。また、神殿や集会所のようなところもある。
ドゥヌスに住んでいる人々は、ラヴァランの人々よりさらに色濃い肌をし、髪は一様に黒か茶色、赤茶だった。顔立ちは意外にも多種多様で、眼も一重や二重、鼻は丸鼻から筋の通った高い鼻、背の高いもの、低いもの、瘦せているもの、太っているもの、唇の厚いもの、薄いもの、さまざまな人種、部族がいる。
来ている衣服はもっと様々だ。部族によって色や紋様に決まりがあるようで、無数の色彩が蠢いている。しかも、明るい。赤や黄色や緑がまぶしかった。人口は、ざっと3000~4000というところか。
街をそぞろ歩いて、人々の言語を収集する。
人々が、物珍しい姿のフローゼをジロジロと凝視した。
驚いたのが、言語がバラバラだということだった。部族ごとに、何百……いや何千という言語があるのだろう。それらを、みな好き勝手に話しているように聞こえた。
(どうやって意思疎通してるの? こいつら……)
呆れつつも、フローゼがよく観察していると、共通語とまではゆかずとも、みな似たような単語で意思疎通していることが分かってきた。そこは、言語調整魔術式の一種が組みこまれているだけはあって、2時間も街をぶらぶらしているだけでそれが分かった。




