第14章「きおく」 4-5 オアシスにて
砂竜類は砂漠生活に特化した竜で、暑さにも寒さにも渇きにも砂嵐にも強い。指幅が広く、砂に沈まない。眼は透明鱗と瞼の二重構造になっており、砂から守られている。鼻穴も閉じることができる。頑丈な歯で、硬い砂漠の植物を難なくかじり取り、食べることができる。胃の他に水袋があり、大量の水を飲み溜めできる。正確には何種類もいるが、この世界の住人にはそこまで分類されていない。もっとも、繁殖業者は独自の呼び名でもっと品種ごとに管理しているが。
早朝にボライロを出て数時間もしないうちに、周囲が一面の砂の大海になったので、フローゼは驚いた。20年以上もかけて人間の数倍の距離を踏破してきたとはいえ、砂だけの砂漠を行くのは初めてなのだ。ガフ=シュ=インの大草原や岩砂漠ですら、もっと地形に起伏があった。
「ちょっと、方向はどうやって?」
フローゼが、近くを行く護衛の戦士にそう尋ねた。曲刀を装備した、高名な戦闘部族の出身だ。5人の護衛は、みなその部族の人間だった。
「魔法の羅針盤があるし、星見もいる。何回も往復しているから、大丈夫だ」
コーヒー色の肌で眼の大きなその中年男は、薄長布を巻きつけていても分かる、むっつりした表情でそう答えた。
「そうなんだ」
「それより、最近はとくに盗賊が多い。前回は、行きに2回、帰りに4回も襲撃された。自分の身は、自分で守ってもらうぞ」
「それはいいけど……」
つまり、帰りのほうが金目のものを満載しているということだろう。
(ま、あたしには関係ない)
フローゼは、砂の水平線の向こうに目を移し、柄にもなく緊張した。
ボライロと大密林の玄関口であるドゥスヌまで、ほぼ10日を有する。
途中にオアシスがいくつかあり、必ず隊商が寄る。
そのため、ほぼ確実にそこで賊が来るし、なんなら待ち伏せられている。
どのオアシスをどの順で寄るかが、隊商にとっても賊にとっても大きな賭けであった。
大規模な盗賊団は隊商に仲間を仕込み、情報を仕入れるという。
防止策として、隊商を率いる隊商頭はオアシスのルートをけして誰にも漏らさないし、某所に向かっている途中で違うオアシスに向かうなど、自身の判断で自由に変更する。
最初のオアシスは、3日後であった。
この砂漠は、我々の単位で日中は57℃にもなる。
水も運んではいるが、余裕で湯になるし、革の水筒では3日で半分以上も蒸発する。陶器の水瓶もあるが、重いし脆いので、隊商ではほとんど使われていない。
オアシスに寄らないと、旅の中盤や後半は、とても耐えられなかった。
しかも、夜は急激に温度が下がり、深夜には気温がひとケタになる。ちょっと標高が高い場所か、逆に低くて谷間の物陰になると氷点下もありえた。
みな、その寒暖差にやられる。
この地獄のような砂漠を越えるのに、魔法の道具は必須であった。
テントや薄手のフード付マントは魔法効果があり、暑さや寒さを和らげる。冷暖房完備と云ったところだ。もっとも隊商で使うようなものはあまり高価・高性能ではなく、昼は37℃ほど、夜は20℃ほどに保つのがせいぜいだったが、それでも相当な負担の軽減になった。
が、フローゼにとってはその程度の気温など、障害でも何でもない。
人間のフリをして、同じような安手の魔法のマントをひっかぶっているだけだった。
3日目に、とある中規模のオアシスに到着したとき、隊商の面々はおろか警護の兵士たちもホッと息をつき、順に水を補給したが、フローゼはケロリとして最後まで見張りを怠らなかった。
「大した女だ」
「内地では、さぞや名のある冒険者に違いない!」
「身のこなしも、初めて砂漠を渡るとは思えないほどだ」
誇り高く気難しくて、同族と金しか信じずニコリともしない護衛の戦闘部族たちが、口々にそう褒めたたえた。
「フローゼ殿も、どうぞ! 見張りは我々が!」
護衛兵がそう云い、右手を上げて応えたフローゼが、別に飲まなくてもいい水を補給し、水筒に詰めなおした。
雲ひとつなく、真っ青な空がどこまでも視界に広がり、砂の地平線の中にぽつんと、この20メートルほどの大きさの泉とまばらな草がある。気温は50℃を越え、陽炎がすさまじい。直射日光で焼け死にそうだ。泉で水浴びをしたい気分にもかられるが、裸になった瞬間に火傷しかねないので、逆に御法度である。服のまま入って溺れたものもいるので、砂漠越えに慣れた者は、誰も水浴びをしようなどと思わない。
竜たちもたっぷりと水を飲み、また、どれだけ見張っても賊は現れる気配はなかった。みな、賭けに勝った気分だった。
「ようし、出発しよう!」
一行がオアシスを発ち、隊商が砂に足跡をつける。




