第14章「きおく」 4-3 痛めつけ屋
フローゼは、この老婆の淹れる砂角牛の乳で煮出したジャベ茶が好きだった。
尾行者も、宿の近くの路地に入った。
尾行する理由は、いくつかあった。
フローゼを信用していないため、金で釣った隊商を襲おうという凶賊の一味ではないかどうか。
旅の足手まといにならないか。なったとしても、見捨ててよいものかどうか。有力者の一味であれば、逆に報復される恐れがある。
もし腕が立つのであれば、賊や野生の魔物に襲われた場合に、助けてくれるかどうか。金をもらって用心棒までしてもらえるのであれば、こんなに美味しいことは無い。
フローゼは、そんな隊商の思惑など知ったこっちゃなかったので、宿から一歩も出ないで8日を過ごした。
とはいえ、さすがに飲まず食わずでは人間ではないとバレる。余計な誤解を避けるため、時には人間のフリをしなくてはならない。
その点、フローゼは、宿で老婆の淹れるジャベ茶を飲んでいたように、人間の飲食物を摂取する機能があった。
機能があるだけで、別に活動エネルギーに変換されるわけではなく、人間の胃に相当する部分で魔力分解、燃やしてしまうだけでむしろエネルギーロスだったので、完全に人間偽装行為のための機能だった。
日に一度、宿を出て適当に少量を買い食いする。
ラヴァラン人の主食は無発酵の焼きパンと、竜や砂角牛の肉だった。その他の野菜も、たくさん栽培されている。
夕刻、日も暮れかけたころ、フローゼは目だたぬように外に出て、屋台で薄焼きパンに砂角牛肉とタマネギのような香味野菜を炒めたものを乗せて丸めたものを1つ買い、歩きながら適当に食べた。1日にその1食だったので、報告を受けた隊商のオヤジも感心する。
「砂漠や密林の旅で、絶食の訓練をしているのだろう。内地の冒険者にしては、ものを分かってるじゃないか」
そう勘違いをし、
「次は、腕前だな……」
宿を襲わせるという手もあったが、老婆や他の客に迷惑をかける。それはオヤジの本意ではなく、夕刻の外出時に、イベントを考えた。
6日目、フローゼがいつも通りいつもの屋台で買った薄焼きパンのロールサンドを食べ歩きながらボライロの街をそぞろ歩いていると、いつもの尾行者とは別に、街に大勢いる無頼の輩が7~8人もじわじわとフローゼを取り囲んだ。
とうぜん、フローゼはその連中に気づいた。あまり表通りでは警備兵の眼もある。カツアゲは、裏通りか街はずれと相場が決まっていた。
フローゼは面倒なので自分から人気のない所に行ってやろうとも思ったが、そんなことをする義理もないので、そのまま宿に戻った。
その宿に通じる路地の前に、3人の若い男がしゃがみこんでいて、フローゼを確認すると立ち上がった。
「景気のいい冒険者さん、ちょっと、来てもらいてえ」
「なんで?」
「なんでもいい、宿のババアに迷惑かけたくねえだろ?」
フローゼが小さく舌を打ち、軽く目元がひきつった。
「こっちだ」
3人に連れられて、街はずれの空き地に到着する。
そこで、フローゼを尾行していた8人も合流し、フローゼをとり囲んだ。
「ぜんぶ払っちゃって、金なんかないけど?」
フローゼがいちおう、そう云うが、こやつらはオヤジに雇われた「痛めつけ屋」だ。すでにオヤジから前金をもらっている。なお、こやつらがフローゼの実力を見誤り、反撃でどんな目に合うのかまでは、オヤジの知ったことではない。
「たかが隊商の同行にあれだけ払っておいて、もう無いは通用しねえなあ、冒険者さんよう」
こんな僻地を旅する冒険者が初心者なわけがなく、絡むにしても、ただのチンピラでは痛めつけようがない。そこは、この連中も多少は腕があった。1人が、この広間にあらかじめ仕込んでおいた棒を素早く全員に配った。長さが人の腰ほどの、丸く削られた棒だ。
明らかに、この連中は何らかの戦闘術の訓練を受けていた。
ちなみに、ボライロは街中での刀剣類の使用は厳禁である。それがよそ者であるほど厳しく、たとえ自衛戦闘でも、剣や刀を抜いた瞬間、より重い罰を食らうのは抜いたほうだった。
そのための、棒剣術であった。
つまり、この連中は、女の1人旅で、しかも剣士のフローゼを、この人数で取り囲めば痛めつけることができると判断しているのだ。
金をもらって、女を嬲って、痛めつけたついでに皆で「楽しめたら」もう最高、という美味しい仕事を受けたつもりだった。
ニヤニヤしつつも眼の殺気を消していないリーダー格が顎で小さく示し、8人のうち3人がほぼ同時に三方向からフローゼへ踊りかかった。
が、フローゼの身体能力や戦闘力は、人間のものではない。




