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第14章「きおく」 4-2 ボライロ

 眼の色を変えて男が紐を解いて袋を開け、マンシューアル粒銀貨が詰まっているのを確認するや、その袋をひっつかみ、


 「ちょ、ちょっと親方に相談する」

 そう云ってテントの奥に引っこんだ。

 その背中にフローゼ、

 「トンズラこいたら、これ・・がその背中に食いこむから」


 身を震わせて振りむいた男に、フローゼが腰に吊っている刀を左手でかるく持ち上げて見せた。


 「ヘヘッ……えへへ、分かってまさあ、旦那・・

 分かりやすく額に汗を浮かべ、男が造り笑顔でそう云い、消えた。


 それからしばらくフローゼは日差しの強いテントの前で待ちぼうけを食らったが、焦らず待った。


 造り物・・・であるフローゼは汗もかかないのだが、それを悟られないよう、現地人が使っている薄い長布を頭と顔に巻きつけた。


 「やあやあ! 大金を出してまで大密林コルレヂに行きたいなどという奇特な旦那は、こちらですか!?」


 唐突にそんな大声がして、店とはまったく違うほうからよく太った浅黒い肌に白髪の初老のオヤジが現れた。その後ろで、先ほどの男性が腰を低くして案内をしている。


 「金は、さっき払ったけど?」

 長布を巻いたまま、フローゼが云い放った。


 「もちろん受け取りましたとも! 隊商の随行を認めましょう! しかし、我々はドゥスヌまでしか行きませんが……」


 「ガナンってのは、どうやって行けば?」

 「ガナン!?」

 オヤジやその後ろの男、また周囲の何人かが目を丸くした。

 「知らないの?」


 「知ってますけど……かなり遠いですよ、旦那! ドゥスヌから……道を知っている者でも、20日はかかりまさあ。知らないものが行こうったって、野垂れ死にがオチですぜ! 何の御仕事か存じませんが、やめたほうが……」


 「あなたは、行ったことが?」


 「ありませんよ! でも、ガナン地方には優秀な魔術師が多くおりましてね! 時おり、マンシューアルや帝国に出稼ぎしようと、はるばるやってくるんでさあ。そいつらの話を聴いておりましてね」


 「来る人がいるのなら、行けないはずないじゃない」

 オヤジが両手を軽く上げた。


 「……好きにしてくださいよ! とにかく、うちはドゥスヌまでしか行きませんから! それでよければ」


 「それでいい。出発は?」

 「……いつだ?」

 オヤジが男にささやき、男が耳打ち。

 「8日後でさあ!」

 「じゃ、8日後に、ここで。バックれやがったら……」

 「そんなことしませんよ! じゃ!」


 オヤジが行ってしまい、男もヘコヘコとフローゼに会釈をして、ついて行ってしまった。


 フローゼは小鼻をしかめて。それを見送った。

 なお、それから8日間、フローゼはずっと監視されることになる。

 


 ここボライロは、ラヴァランの王都スモリから街道を南へ5日ほど進み、広大な砂漠の入り口の街である。


 その砂漠を踏破するためには、特別な装備や準備が必要なのは、云うを待たない。


 我々の世界で云うラクダに匹敵する、異様に暑さや乾燥に強い生き物が、この世界にもいる。


 砂竜クアンノゲドルである。


 砂竜クアンノゲドルも何種類かいるが、ラヴァランでよく使われているのは、人の乗る二足歩行で俊敏なタイプと、荷物を運ぶ四足歩行の大柄なタイプだった。前者を走砂竜ラーイクアンノ、後者を荷駄砂竜グラルイクアンノという。


 厳密にはそれらにも何種類も品種があるが、割愛する。

 ボライロには砂竜を養殖する業者もたくさんおり、一部は食用にもなっていた。

 竜肉を焼くにおいが漂うバザールを、フローゼはまっすぐ宿に向かって歩いた。

 魔力で可動するフローゼは、食物を摂る必要がない。


 フローゼは、既に何者かが後をつけていることに気づいていたが、無視して宿に入った。


 「おかえりなさいまし」


 小さな老婆が、出迎える。フローゼの他は旅の商人が3人ほど泊まっているだけの、この老婆のように小さな宿だった。


 「ただいま」

 「御茶の用意ができてますよ」

 「ありがとう」

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