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第14章「きおく」 4-1 フローゼの記憶

 4.フローゼの記憶



 焔の女勇者フローゼが放浪の旅を続けてから、20年以上になる。

 正確には、24年目に突入していた。


 後にノロマンドル公国の「呪われし公女」となる公女ペッテルがひそかに造り上げた魔像シャルプの一種であるフローゼは、高度な自意識を持つ自律型ゴーレムとでもいうべき存在だった。冒険者にして放浪者、探検者として、帝国中を廻ってきた。


 特に、この10年ほどは、西方を中心に巡った。


 旅をすると云っても、魔力で稼働するフローゼは不眠不休で歩くことができ、飢えも病気もケガも無いとあって、人間の5倍以上の距離を歩いていた。実に、人間の100年分の距離を踏破してきたことになる。数年に一度、激しい戦闘による故障部分の修理などのメンテナンスで密かに公国に戻るほかは、ひたすら帝国内を歩いていた。


 そのフローゼが、ついに、帝国を出ようとしていた。


 目標である「ペッテルを魔族と融合させた魔術師(あるいは魔族)」に、いよいよ追いつこうとしていたのだ。


 世界の1/3を支配しているというバーレン=リューズ神聖帝国であるが、我々のような正確な地図があるわけでもなく、半分以上は「それくらい広い」という比喩表現だった。


 残りの2/3のうち、同じくはるか西方の大帝国が1/3を、それ以外の前人未到の地が1/3を占めているとされる。


 その帝国の最南部に位置するのが、ラヴァラン藩王国だった。帝国を構成する700余州のうち、高度な自治権と広大な領土を有する14の王国のうちの、さらに外部の3王国の1つだ。


 この外部の土地というのは、帝国成立時には帝国に含まれておらず、その後の紆余曲折を経て、かなり後年になって帝国に属した土地である。面積は広大で、現在の帝国領土の1/3以上を占めている。


 3つの藩王国で最も広大な土地を支配してるのが、北方のガフ=シュ=イン藩王国。次が、帝国南東部に突き出たような広大な地域を支配するマンシューアル藩王国。最も小さいのが、マンシューアルのさらに南部にあり、南部大陸に突き刺さるような格好の、ラヴァラン藩王国だった。


 小さいと云っても、帝国内の王国と比べたらヴィヒヴァルンに匹敵する面積を持ち、ガントックやホルストン、デューケスなどよりもずっと大きい。


 その国土の7割が砂砂漠で、3割が亜熱帯地域だった。


 その砂漠を越えた地域に、南部大陸の大密林が地平線の向こうまで広がっている。


 ラヴァランは、それら南部の人々が帝国に向かう玄関口であり、滅多に無いが帝国のものが南部の密林を目指す玄関口でもあった。


 その滅多に無い南部へ向かう冒険者であるため、フローゼは目立った。


 くわえて、燃えるように真っ赤な髪と火竜ハラゲドルのような真っ赤な目、さらには火竜革の真紅の軽装甲ライト・アーマーに緋色のマント、西方で入手したばかりの伝説の宝剣の鞘も火のような赫とあっては、それでなくとも目だっている。


 交易中継地らしくラヴァランは人種の坩堝るつぼだが、南方だけあって人々の肌は一様に色黒い。あとは、その色の黒さの濃淡や、顔立ちが何十種類とある。マンシューアル人も多くおり、帝国内地との交易や人の往来をサポートして生計をたてていた。


 「え? 大密林コルレヂへ向かうんですか?」


 道案内を頼もうと思って、密林の奥地とラヴァランを行き来している隊商のテント店舗の前に立ったフローゼに、ヒゲの中年男性が驚いてそう声をかけた。この業者は砂漠を越え、密林の奥地とこのラヴァランを行き来するキャラバン業者だ。南部人にラヴァランや帝国の物資を売り、また南部の珍しい物産をラヴァランで売る。人員の輸送もする。


 人員というのは、ラヴァランやマンシューアル、果ては帝都まで行ってひと稼ぎしようという南方人であり、キレットやネルベェーンのような南方の魔術師や、腕に覚えのある戦士も帝国でひと稼ぎしようという者が多い。帝都のノーイマルには、そうやって帝都に住み着いた南方人の子孫も多くいる。いわゆる、南方系帝都人というやつだ。中には、南方からこのラヴァランやマンシューアルに売られる奴隷もいる。部族同士の戦争で負けた部族や、密林で誘拐された女子供などだった。


 「冒険たって、あんた、1人で行くようなところじゃないですよ、しかも女が」

 「いいから、仕事なんだって」


 フローゼは、流暢なラヴァラン語の共通語を話した。言語調整魔法ではないが、ペッテルの開発した魔導装置ハード術式ソフトで、我々の高度AIのように、3時間ほどもラヴァランを放浪しただけで人々の話している言語を学習。日常会話なら可能にする。魔像シャルプの一種であるフローゼは、体内にその装置が組みこまれている。


 「仕事ねえ……」

 胡散くさそうに、髭の男性が奇妙で真っ赤な姿のフローゼを見つめた。

 「面倒は御免だ、他を当たってくれ」

 ドシャ、とその男の前に、フローゼが財布袋を置いた。


 「前金で払う。帰りはいいから。片道分にしちゃ、奮発したつもりなんだけど?」

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