第14章「きおく」 3-13 運命が動き出す
それでも、野良犬にエサをやる感覚で、たまには食べ残しのパンなども与えられたし、計算も教えてもらった。時々、機嫌の悪い時におどけて蹴り飛ばされたり、棒で叩かれて追っ払われたりもしたが……それでも、プランタンタンはその使用人たちから離れなかった。
それが、他の奴隷たちから見て面白いわけはなく……さらにプランタンタンは奴隷仲間に苛められ続けたが、めげなかったし、心も壊れなかった。
と、いうのも、ほかの奴隷と違い、プランタンタンは使用人の御供を許され、タッソに出かけることが度々あったのだ。
(こいつあ……!)
人間の街並みや、人々の活気、外国語(リーストーン語)の響きに、プランタンタンは心が躍った。楽しかった。奴隷なので裸足だったが、あまりに汚い身なりでタッソに行くわけにもゆかず、プランタンタンは泉で身体や服を洗われていたため、珍しいエルフの奴隷と云うことでタッソでも人気だった。完全に見世物ではあったが、プランタンタンにとっては、それでも気分が晴れたし、リーストーン語を覚える機会にもなった。珍しい食べ物も与えられ、投げ銭があって貨幣で物を買うということも覚えた。
(こ……この、カネってやつをたくさん、たくさん集めれば……人間の世界じゃあ、なんでもできるんでやんす!! まさに、御金様でやんす!!!!)
プランタンタンは、まさに眼の色を変えて人間の貨幣を集め始めた。
それがまた奴隷仲間の嫉妬や憎悪を買ったが、かまっていなかった。それこそ、グラルンシャーン以外のエルフが人間の金を集めたところで、なんにもならないのだ。
奴隷は、10年に1人~3人、入れ替わった。大体、それほどで病気で死ぬか自殺する。この時代、奴隷はグラルンシャーンが独占しており、他の農場にはいない。ゲーデル牧場エルフの奴隷が大半だが、ゲーデル山岳エルフもいた。エルフ同士で、奴隷身分に落とされた罪人などを交換あるいは売買している。プランタンタンの母親のラートスプリーンが、山岳エルフに売られたように。
山岳エルフは、滅多に交流しないが言葉がほぼ同じだったので、意思疎通に問題はない。
しかし、プランタンタンは新参の奴隷にも子どもと云うことで舐められていた。小屋にもほとんどいないし、奴隷の中でも少し変わった存在になっていた。
ちなみに、グラルンシャーンはラサンクールの娘が奴隷になったというのは、はじめは認識していたが、そのうち完全に忘れていた。
そうして……。
ある日、運命が動き出すのだ。
プランタンタンは仕事柄、牧場に隣接する森によく入り、また柴や落ち葉を集めるために森の中をよく歩いた。
森の中で警邏中の竜騎兵に遭遇することもあったが、いちど、ゲーデル山羊が逃げ出しているのを見つけたことがある。
これは、大変な事態だった。
山羊の放牧の管理はプランタンタンの仕事ではなかったが、山羊の数が合わないと担当の奴隷は100叩きの刑だし、連帯責任で奴隷たち全員が30回の鞭打ちにされるのだ。
かといって、プランタンタンが1人で捕まえるのは不可能だ。まして、盗んでいるなどと疑われたら、死刑もあり得る。
(み、み、み、見なかったことにするでやんす……!)
プランタンタンは鞭打ちのほうがマシだと考え、森を逆方向に逃げた。そのまま、森のどこかで夕暮れまで隠れているつもりだった。
そこで、洞窟を発見した。
(こんなところに、地面に穴が……!?)
エルフは暗闇でも目が見えるため、中の様子をよく観察することができた。
(……中は広そうでやんす……へっへへ、こいつああ、いい隠れ家を見つけやした……)
とはいえ、そのときは、牧場と洞窟の位置関係を覚えるため、日が暮れるまでに牧場に帰った。山羊小屋の掃除の時間には少し遅れたが、他に奴隷も使用人もいなかったので、何食わぬ顔で掃除を始めた。
その日は、何事もなく終わった。
(変でやんす……山羊が逃げ出していたのに、おとがめなしでやんすか……?)
気になって、こっそり奴隷小屋を見に行ったが、特に様子は変わっていないように見えた。
(きっと、他の牧場から逃げたんでやんしょう……)
プランタンタンはそう思い、安心して山羊小屋に戻った。
(それにしたって、どうして山羊が逃げただけで、あっしらが全員、血が出るまでぶっ叩かれなきゃあいけねえんで……グラルンシャーンのクソジジイめ……いまに見てろでやんす……!)
それから、何度かプランタンタンは森で仕事をするフリをして洞窟までの道を開拓し、また時には徹夜で洞窟を探検して、出口まで発見していた。
(こりゃあ、リーストーンに行く道のすぐ近くでやんす……あっちに水飲み場……こんなところに、あの穴は通じてたんで……)
とはいえ、だからなんだとおもい、プランタンタンは来た道を戻った。
戻る途中、背筋に電気が走った。
そして、ゆっくりと振り返った。
このまま、逃げたらどうなるのか?




