表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
903/1280

第14章「きおく」 3-12 奴隷生活

 そのころには、ハールノートルはすっかり人格が変わり、ひたすらプランタンタンを苛め抜いてなんとか平静を保っていた。……いや、人格が変わっている時点で、平静は保てていないのだが。


 「止めるでやんす、やめてくれでやんす!」


 うずくまって頭を抱えるプランタンタンをひたすら鞭や棒で打ち、蹴り飛ばしてから、ハールノートルはプランタンタンの髪をつかんで顔を上げるや、血走った目で睨みつけた。


 「すっかり、奴隷言葉が身に着いたじゃあねえか、ああ!? おじょうさまよお! てめえのクソオヤジのとばっちりで、俺までこんな目に……このクソガキが!!」


 そのまま、泥と山羊の糞尿の混じった水たまりにプランタンタンの顔を押しつけた。


 「死ねや、ああ!? このッ……! 死ね、死ぬんだ、死にくされッ!! 死んで詫びろクソが!! クソはクソにまみれて死ね!!!!」


 しかし、奴隷が勝手に奴隷を殺すと、恐ろしいことになる。奴隷もグラルンシャーンの財産だからだ。仕事ができないほどのケガを負わせるのも、厳禁だった。


 しかし、指の1本や2本は、これは仕事の最中の事故で折れてしまうこともある。……ということで、ハールノートルはプランタンタンの左手を捻りあげた。


 プランタンタンは、また・・指を折られまいと左手を握りしめ、さらに右腕からめて左腕をガッチリ押さえて必死に抵抗した。既に、まだ80代(人間でいう11~12歳頃)のプランタンタンの細い指は、何本かが曲がったままになっている。


 ハールノートルも強引にプランタンタンの腕をひねったが、ここで腕を折ってしまうのは、都合が悪い。プランタンタンの仕事を、ハールノートルが代わりに(自分の仕事の他に)やらなくてはならなくなる。


 「こいつ……このガキッ……!! 調子に乗りやあがって……! 大人しく……手えを出しやあがれ……!!」


 「おい、メシでやんすよ! ガキを転がして遊んでるヒマがあったら、とっととメシを食って、仕事に戻るでやんす!」


 遠くから先輩奴隷がハールノートルにそう声をかけ、

 「へえッ! へい、今すぐ行くでやんす!」


 諦めてプランタンタンを泥水溜まりに突き転ばして叩きつけると、ハールノートルは急いで奴隷小屋に戻った。


 指を折られずにすんだプランタンタンは安堵のあまりしばし泥に突っ伏していたが、起き上がるといつも水を汲みに行く沢へ向かった。秋も深くなり、ゲーデル山の奥深くでは、紅葉も終わって葉が落ちはじめていた。もう少しで、極寒地獄のような冬も来る。コールブンゲが死んだのも、冬だった。そのころには奴隷小屋に居場所はあったが、半分は凍死だ。


 プランタンタンは、家畜小屋の梁の上に寝泊まりしていた。その他に、山で見つけた何かの動物の掘った穴や、木のうろ・・など、何か所か寝泊まりする場所を見つけていた。落ち葉や山羊の抜け毛などを利用し、奴隷小屋より居心地を良くしている。その隠れ家には、木の実などを貯めこんで非常食としていた。いや、むしろ、奴隷小屋の食事はほとんどプランタンタンに回ってこなかったので、こっちが常食だった。


 プランタンタンは沢に下り、着ているボロごと川に入って汚れを落とすと、既に身が切れそうなほど冷たい川の中ではいつくばり、アライグマめいて川石をひたすらひっくり返し始めた。


 そして石の裏にへばりついている川虫を片端から口にし、飢えをしのいだ。さらに、大きな魚を捕まえるや、眼の色を変えてそのまま骨ごとむさぼり食べた。


 その日の仕事は、山羊たちの飲み水をひたすら汲みあげ、夕刻にはエサをやる。ほとんどの奴隷は専用の職人が調合した複数の草や木の実、木の皮などによるグラルンシャーン牧場の特別なエサをただ与えるだけだが、プランタンタンは自然とどんな草や木の実がどれだけ混ざっているのか、覚えていた。季節や天気によってもその調合は微妙に変わった。


 あとは夕方から夜にかけて担当場所の山羊小屋の掃除をする。掃除は、朝昼晩行う。奴隷の命よりも貴重なゲーデル山羊の毛の質を保つためだった。


 そんな生活が、さらに30年以上も続いた。


 プランタンタンは100歳を超え、まともであれば我々の七五三に相当するゲーデル牧場エルフの100歳の祝いが行われるが、親無しの奴隷にそんなものが行われるはずもなかった。この時点で、プランタンタンはゲーデル大御神の加護から外れることとなる。そうなると、ゲーデル牧場エルフのコミュニティーでは完全に忌み子として扱われ、前にもまして誰も相手にしなくなる。


 だが、当のプランタンタンはそんな儀式があることすら知らないし、そもそもすき好んで奴隷と親しくするエルフもいなかったので、たいして境遇は変わらなかった。


 変わったと云えば、プランタンタンはよくしゃべるようになり、奴隷仲間より牧場使用人とコミュニケーションをとった。元より気が利くし、知能も悪くなかったので、道化じみて笑いを誘って、一部の使用人に気に入られることに成功した。


 とはいえ、けして友達になったわけでも何でも無く、使用人からすると、ただ面白いチビの奴隷がオレらに懐いている……といった認識だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ