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第14章「きおく」 3-10 ラサンクールの単独犯

 「なるほど……引退を勧告、な……見返りは、余が直接ゲーデル山羊製品を、な……」


 「いかさま!」

 卿が椅子に座ったまま顔に手を当て、大きく嘆息した。


 「……なかなか魅力的な提案であるが……ラサンクールよ、御主は、はかりごとに向いていない」


 「え……?」

 ラサンクールとミューンシューンが、凍りついた。


 「御主たちの思惑……とっくのとうに……何年も前より、グラルンシャーン殿に筒抜けであったぞ」


 「……!!」


 音を立てて応接間の扉が開き、また、卿が出入りする場所の扉も開いて、15人ほどの武装兵が雪崩れこんだ。


 「かっ……閣下、御待ちを!! 閣下!!」

 云う間に、2人は取り押さえられて縄を打たれた。


 「閣下!! グラルンシャーンに借りを作ってはなりません!! この国も、グラルンシャーンに乗っ取られますぞ!! 閣下……!」


 2人は引っ立てられ、そのまま牢にぶちこまれた。


 リーストーン卿は、先代よりきつく、グラルンシャーンには逆らうなと念を押されていた。この謀議がグラルンシャーンの知るところでなかったならば、乗る価値はあっただろう。しかし、既に知られており、先手を打たれているのであれば、引退勧告などできるはずもないし、したところで完全に敵に回すだけとなる。山羊製品をいっさい卸してもらえなくなるほうが恐ろしかったし、かといって戦争となり、兵をあげてエルフの里に攻め入るのも至難だ。あの山岳地帯でゲーデルエルフの竜騎兵や巫女(神聖魔術師)に対抗するのは、かなりの戦力と労力がいるうえ、領主になったばかりの若い卿に、そこまでして兵が従うとも思えなかった。


 (しかし……グラルンシャーンめ……何たる老獪な……!!)


 エルフとて不老不死ではないので、いつかは死ぬのだろうが、それが100年後か200年後か分からないのであれば、人間としてはひたすら伝承するしかない。


 (……このことは、子々孫々に伝えてゆかねばなるまい……!)


 卿は固くそう誓い、事実、孫の代まで「グラルンシャーンにはくれぐれも気をつけろ、けして気を許すな」と伝えられた。

 


 伝達魔術が飛び、秘密裏にエルフの里よりダンテナに7騎の竜騎兵が来た。タッソからダンテナまで、主街道より少し山に入ったところに、緊急連絡用の山道がある。滅多に使われないのでほとんど獣道だったが、よく訓練された山走竜アラークゲドルは1日とかけずに走りぬいた。


 後ろ手に縄を打たれ、猿轡をかまされた2人のエルフは消沈、焦燥、憔悴し、立つのもままならなかったので、そのまま頑丈な籠にしゃがむように突っこまれ、大きな竜の背中に括りつけられた。


 エルフの里では、既にラサンクールとミューンシューンの牧場は竜騎兵によリ封鎖され、里は騒然としていた。他の仲間の牧場主たちは早々に関与を否定し、その使用人たちも口をつぐんだ。いや……その後の取り調べで、ミューンシューンは、ラサンクールがいきなりリーストーン卿に向かって話し出したと証言。一切のかかわりを否定した。


 グラルンシャーンは、全員を問答無用で極刑に処することもできたし、拷問で泥を吐かせることもできたが、それでは完全に恐怖政治になる。適度に見せしめにし、また共犯者へ恩を売ることによって今後の支配を確実にするため、ラサンクールの単独犯ということにした。しかも、異なる罪をなすりつけて。


 「よいか、皆の衆! ラサンクールめは、我が一族であるにもかかわらず、我へ借りた金を返せぬと見るや、こともあろうに人間にゲーデル山羊の秘密を売ろうとした! おきて・・・に従い、命をもって償ってもらうほかはない! 残念だ、大変に残念なことだ! これ以上ないほどに、至極残念無念だ!!」


 里の中央広場でグラルンシャーン自らエルフたちを前にそう演説し、里のエルフたちは前代未聞の事態に声もなかった。


 確かに、貴重なゲーデル山羊の飼育方法やエサとなる複数の牧草の種類や栽培法、エサとする際の配合法などが各家によって極秘中の極秘であり、エルフ同士ですら滅多に教えないのに、まして人間に教えるなど論外の極みだ。古来より、厳罰となるのはその通りだった。


 しかし、もう何千年も、実際にゲーデル山羊の秘密を売ろうとして死罪になったり奴隷として売られたりするエルフは、出ていない。まして、厳しいグラルンシャーンの一族であるラサンクールが、それを行ったとは……?


 「にわかには、信じられんが……」

 「大酋長が、自分や息子の立場を脅かすラサンクールをおとしいれたのでは?」

 「あんなに仲の良かった連中が一様に押し黙っているのは、どういうわけだ?」

 「まさか……ラサンクールの牧場をせしめる・・・・ために……?」

 などという話も漏れ聞こえたが、グラルンシャーンは一蹴した。

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