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第14章「きおく」 3-9 訴え

 まず2人でタッソへ向かい、組合の人間と合流して、ダンテナへ向かった。エルフの里はゲーデル山脈の奥深く、標高2500メートルほどの場所にあり、そこからエルフと人間の交易中継街であるタッソまでエルフの足で1日、タッソからさらに山脈を山麓へ向かい、標高1000メートルほどの高原地帯にあるダンテナを目指す。ゆるゆると山道を下って、人間の足で5日はかかる。その間、山小屋もあるが、野営も行う。


 フランベルツ地方伯の家人で国衆だったリーストーン家が独立し、この山深い土地に新たに領地を与えられた経緯は、機会があったら語られるだろう。


 ダンテナでは、10年に一度やってくる珍しい「山の奥のエルフ」が領主の代替わりのため祝賀に訪れたというので、いつにもまして大歓迎であった。


 その歓迎に気を良くし、また勇気をもらったラサンクールは、気合を入れて儀式に臨んだ。


 儀式と云っても、派手な戴冠式などがあるわけでもなく、誠実で地味な新領主の御披露目だった。ただ、領民はたまの祭りで羽目を外し、飲んで歌って踊って、楽しそうだった。


 山あいのリーストーンでは産業も林業の他はそれこそゲーデル山羊製品の売買による税金収入しかない。組合を通さずに直接領主が自由にゲーデル山羊製品を売買できればうまみ・・・は大きいのだろうが、リーストーン家がここに来る前から大酋長であったグラルンシャーンがそれを許さず、組合を作らせ、販売価格を牛耳っている。


 グラルンシャーンはリーストーン家の横暴でゲーデル山羊製品を買いたたかれるのを恐れていたが、いまやグラルンシャーンの横暴で値段は云いなり・・・・であるうえ、けっきょく組合が他国の客に売るため領主家の実入りは少ない。あまり税金をかけると、組合からグラルンシャーンに要望が行き、グラルンシャーンから子爵家にクレームが来るありさまだ。


 代々の領主で経済に聡い者はそれを苦々しく思っていたが、疎い領主はグラルンシャーンの成すがままだった。


 ラサンクールは、それに風穴を空けようというのである。

 出る杭は打たれるではないが、改革勢力には必ず抵抗勢力がある。


 それが、ゲーデル牧場エルフの絶対支配者にならんとしている者であれば、抵抗や制裁も苛烈を極めることになるだろう。


 ラサンクールは、そのことを甘く考えていたのかもしれない。義憤や若さだけでどこまでできるのか、良い例を後世へ残しただろう。そして、狡猾で欲深く老獪な支配者は、これを機会にさらなる支配体制を確立する。


 儀式も終わり、祭りの宴会となって、人間の飲む酒が飲めないエルフも、水で薄めたワインをもらい、上機嫌に会話や歌、踊りを楽しんだ。ミューンシューンがゲーデル牧場エルフに伝わる民謡の名手で、新領主ガートール公も大いに喜び、褒めたたえた。


 3日3晩、宴会や余興が続き、最後に、ガートール公がエルフ2人に面会し、謝意を伝えることとなった。2人がタッソへ戻る、その午前中のことだった。


 (来た……!!)

 ラサンクールは、この時を待っていた。27年間も。


 公式な謁見の広間ではなく、領主が個人的に賓客と会う応接室のようなところに通され、2人のエルフは緊張にふるえた。


 部屋に通されると、若きリーストーン卿が出迎えた。


 エルフたちが巫女にかけてもらった言語調整魔法により、ゲーデルエルフ語とリーストーン語で会話が成り立つ。


 「この度は、余の代替わりに際し、わざわざエルフの里より慶賀の使者を頂き、感謝に堪えませぬ。大酋長グラルンシャーン殿におかれては、今後もリーストーン家と長くよしみ・・・を通じていただけるよう、くれぐれもよろしく御伝え願いたい」


 「畏まりまして御座います、領主様」

 ラサンクールは胸に手を当て、人間の流儀で深く礼をした。

 そして、顔をあげるや、息せき切って、


 「つっ、つきましては、閣下! この場をお借りし、僭越ながら我が里の窮状を訴え、また閣下の御為になる申し出をすることを、御許し願えますでしょうか!」


 それを聞いたリーストーン卿は一瞬、顔を曇らせ、家老のほうを向いた。老年の家老は沈鬱に顔を伏せがちに、首を小さく横にふった。次に、反対側に立つ若い宮廷魔術師(ランゼの先代である)にも顔を向けたが、魔術師は眼を細め、しっかりした表情で同じく首をふった。


 リーストーン卿は2人のエルフに向き直り、

 「……なんだ。申してみよ」


 「あ、有り難き幸せ! 閣下……申し上げます! わがゲーデル牧場エルフの里は、大酋長の専横が長く……そもそも、皆様方がこの地に移り住む前より酋長の代表を務めております。壮健なのは良いことですが……里ではもう誰も逆らえず、ゲーデル山羊とその産物を独り占めにし……一人いちにんで、益を思うがままにしております! 畏れながら、閣下直轄のはずのタッソの組合も大酋長の云うなりと化し、価格は大酋長が決めているに等しく……閣下の元に入る税も、少なく設定されております! そこで、御提案が御座います! どうか閣下の御力で、今すぐにとは申しませんが……大酋長に、引退を勧告していただきとうございます!! そして組合を閣下の手に戻し……あるいは、閣下が直接ゲーデル山羊製品を売りさばけば、御城に入る益はいまの何倍にもなりましょう!」

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