第3章「うらぎり」 1-7 ピアーダ将軍
プランタンタンとフューヴァが見合う。そして御者台の横にフューヴァが移って、
「そうだけど、何か用かい? いまから、市役所の作戦本部だかに行くんだけど。迎えに来るなんて、聞いてないぞ」
「そら、ふつうはしないよ。ピアーダ将軍が、直々にお呼びだ」
「誰?」
フューヴァが、あからさまに眉をひそめた。
「方面守備軍司令官だ!」
流石に驚き、またプランタンタンとフューヴァが見合った。
「……そんなお偉いさんが、なんでアタシ達を?」
フューヴァがその目を針のような光をたたえて、細くする。
「我々も、詳細は知らんが……フィッシャ……ナントヤラというギュムンデの闇戦闘興行で、一位のヤツがいるんだって?」
「いるとも。こちらの、ストラさんだ!」
「直に、話を聞きたいそうだ」
そういうことなら……と、プランタンタンがゆっくりと荷馬車を進め、兵士達の後ろに続いた。
大きな中央通りへ出て、そこをまっすぐ行くと、レンガ造りで五階建ての、大きな建物に行き当たった。
スラブライエンで最大の建築物である、市庁舎だ。
「馬車は、裏手に停めておけ」
「あの、もう必要ねえんで、軍に処分をお願げえしてえんでやんすが」
プランタンタンの要請を隊長が請け負い、
「管財に話しておこう」
「いくらくらいで、お引き取りできやあすか?」
「知らんよ」
云いつつ、荷馬を撫でながら、
「荷台は二束三文だが、馬はまあまあじゃないか。いいところで買ったな。見る目があるぞ。色をつけるよう、云っておいてやろう」
「ありがとうごぜえやす、ゲッシッシ……」
久しぶりにプランタンタンの揉み手が出て、前歯を見せながらペコリと頭を下げたのを見やって、隊長も微笑みながらうなずいた。
(あれだけ稼いでおいて、そんなはした金まで気にするのかよ……)
フューヴァは、驚きかつ深く感心して、プランタンタンの丸い背中を見つめた。
やがて市長室から迎えが来て、四人が建物に入る。
「ところで、軍の司令官さんに呼ばれたのでは? なんで、役所に?」
廊下を歩きながら、プランタンタンが兵士に尋ねる。
「司令官が、スラブライエン臨時特別市長を兼務しているんだ」
「へえ……」
聞いておいてなんだが、人間社会の支配構図はよくわからなかった。
二階の重厚な廊下を進み、分厚い両開きの扉を開けると、広間のような大部屋に入った。装飾は品がよく、派手過ぎず、地味すぎず、といったところだった。真正面の大きな執務机に、軍人らしくない細面に黒い髪と細髭の、貴族然とした人物が座って書類に目を通し、サインし続けていた。
秘書兵が軍靴の踵を当てて鳴らし、胸に拳を当てて敬礼すると、さらに剣を叩いて音を立て、
「お連れ致しました!」
と、声を張った。
「ご苦労」
スラブライエン臨時特別市長兼スラブライエン方面守備軍司令官のピアーダが、顔を上げて四人を見つめた。線が細く、繊細な印象だが、既にマンシューアル軍を三度も追い返している。地方伯の右腕で、精鋭約3,000の最強部隊を率いていた。見た目に反し、意外なことに貴族ではなく、平民からのたたき上げである。
「つい先ほど、傭兵部隊に登録したのは、お前たちで間違いないか?」
「へえ、まちげえごぜえやせん、ゲヘッシッシシ……」
ペコリ、とプランタンタンが答えた。揉み手を忘れぬ。これはもう、無意識の習慣だ。
「さっそく、報告が来ている。フィッシャーデアーデで総合一位というのは、誰か?」
「へえ、こちらの、ストラの旦那でやんす。あっしらは、旦那の従者で」
ピアーダが、半眼でぼんやりと佇むストラを鋭い視線で凝視した。
(不思議な気配をしている……殺気もなければ、存在感すらない。空気みたいなヤツだ)
だが、目ざとくその腰の光子剣を確認した。
(見たことも無い……魔法の剣か?)
ピアーダもクセで、その鼻の下の細い口髭をなでた。
「私が知っている総合一位は……確か、トルネーグスとかいう獣人だったはずだが、いつ、そやつを倒した?」
 




