第14章「きおく」 3-8 愚鈍なまでに純朴すぎる理想や妄想
ラサンクール、儀式の後の新領主との謁見のさいに、それとなくグラルンシャーンと組合との癒着や、組合を通さずに領主が直接ゲーデル山羊製品を取り扱ったほうが良いこと、グラルンシャーンへ引退を勧告してもらうことを訴えようと決心した。
里に戻ったラサンクールは、城の人間のその言葉のうち、半分をグラルンシャーンへ伝えた。すなわち、10年以内をめどに領主が代替わりし、そのさいはエルフにも来賓として誰か儀式に招待されるだろうということだった。
「ほう、であれば、お前が行ったらどうだ?」
なんと、グラルンシャーンのほうからそう口に出したものだから、内心、ラサンクールは飛び上がって喜んだ。
その年の秋ごろ、牧草の刈り取りののち、牧草地に隅でその年の最後の密談が行われた。
ラサンクールは、数年以内行われるリーストーン領主の代替わりの際に、計画を実行することを発表した。
ついに実行される密儀に、仲間たちも顔がほころんだ。
「うまくゆくといいな!」
「御屋形様がいつまでも金や権力に執着し、里を牛耳るから仕方がない!」
「なんとか……なんとか里の未来のために、あと少し、頑張ろうじゃないか!」
みな、愚鈍なまでに純朴すぎる理想や妄想だけで動いていた。
「なにやら、いつもと異なり、端からみな楽しそうでしたが……」
いつもの竜騎兵の報告に、グラルンシャーンがほくそ笑んだ。
「フン……分かりやすい連中だ」
「……と、申されますと」
「長い時間をかけ、ラサンクールめ、リーストーン城の人間に顔をつないできた。何のためだと思う?」
「さ、さあ」
「我をどうにか排除しようと、リーストーン卿の手を借りるつもりであろうよ」
「な……!!」
竜騎兵が息を飲み、
「なんという、大それたことを!!」
「その度胸だけは買ってやる。しかし……絶対に許さん。身内から、そのような裏切者が出ることを……なあ」
「いかさま!!」
「では、そろそろこっちも動くとしよう」
「ハッ」
「リーストーン卿とその跡継ぎに、書簡を送る。……連中に、気取られるなよ」
「もちろんで御座りまする!!」
それから、7年後……。
ついに、リーストーン領主コナーエル・ロールン・リーストーン子爵が亡くなった。享年、61歳。跡継ぎは、嫡男(二男だが長男は早世)のガートール・アーレン・リーストーン、31歳だった。この人物は、第1章に登場するリーストーン公の祖父にあたる。
国家というより、独立した地方領主たる国衆である山あいの小さなリーストーンにふさわしい、ささやかな代替わりの式典や祭りが行われ、リーストーン始まって以来、初めてゲーデル牧場エルフから使者が招かれた。
その2人の使者は、ラサンクールとミューンシューンであった。
長年の顔つなぎの成果もあり、リーストーンからエルフの里に招待状が来たし、グラルンシャーンも先の言葉通りに、2人に是非とも行って来いと命じた。
「これを機に、リーストーンと我らゲーデル牧場エルフの仲を、より親密にするのだ」
グラルンシャーンの言葉に、ラサンクールとミューンシューン、
「分かりました!」
「御任せくだされ!」
意気揚々と返事をした。
(30年近くも虎視眈々と我を排除せんとしておったくせに……ようもいけしゃあしゃあと云えたものだわ)
グラルンシャーンは内心あきれつつも改めて怒りを燃やし、またその執念に対し少しだけ敬意すら抱いていた。
(……さすが、我が一族よ……)
だが、それだからこそ恐ろしく、また身内の裏切りは完全に排除しなくてはならなかった。
一方、ラサンクールは、内心、緊張していた。
(いよいよ……いよいよだ……! しかし、新しい領主は、私の言葉に耳を傾けるだろうか……? いや、傾けさせるのだ! これは、商談なのだ。よりよい条件を提示したほうが、勝つ……!)
実際のところ、商談かつ政治劇であろう。
クーデターが不可能ならば、より強大な権威や権力をもって、政治的に引きずりおろすしかない。その、より強大な権威や権力を動かすのは、利益だ。利益を提供するしかない。




