第14章「きおく」 3-6 洞窟の出口
挨拶や自己紹介ののち、一通り事務仕事を終え、ラサンクールとミューンシューンがやけに興味深く城のことを聞いたり、親しく城の人間と話すので、組合や城のものも驚き、かつ不思議がった。ラサンクールがそれとなく尋ねると、ゲーデルエルフというものは鉄扉面で一言も話さず、態度も高圧的で、嫌ならいつでもゲーデル山羊製品を引き上げるぞと云ったふうで、非常に鼻持ちならなかったらしい。
「へええ……」
ラサンクールは、逆に驚いた。きっとグラルンシャーンの態度や考えが、そのまま反映されていたのだろう。
「それなのに、御ふたりはずいぶんと、こう……」
「こういうエルフもおられたんですねえ」
「いや、まあ、その……そうですね」
組合の人間がいるので、ここでグラルンシャーンの悪口をベラベラと云うわけにもゆかず、ラサンクールが戸惑いとはにかみの笑顔を向ける。
そうは云っても逆に好印象を与えることに成功し、顔つなぎとしては一定の成果をあげたと云えるだろう。もっとも、10年後に来た時に、人間たちが総入れ替わりしている可能性は高いのだが。
(せめて、4~5年に一度にできないものか……)
ラサンクールはそう考えたが、さすがに協定の内容を勝手に変えるような提案はできなかった。グラルンシャーンの専任事項であり、そんなことを提案しようものなら、全てのたくらみが水の泡であろう。
(ここは、我慢か……)
その後、城やダンテナの街を見学し、夜は歓待されてタッソへ戻り、ラサンクールらはエルフの里に戻った。
「人間の街も、たまにはいいもんだな」
タッソから戻りしな、軽々と山道を歩きながらミューンシューンが笑顔でそう云った。
「そうだな」
ラサンクールは、どのタイミングでグラルンシャーンと組合の癒着を領主へ訴えようか、それから何年も思案することになる。
「ところで、ラサンクール」
「なんだ」
「あっちに、グラルンシャーンの牧場の隅からつながる洞窟の出口があるのを知っているか?」
「なんだ、そりゃ。知らないな」
「一部の使用人には知られているが、グラルンシャーンや家のものは知らないはずだ」
「へえ」
ラサンクールが、ミューンシューンの指さした方角を見やった。深い緑に包まれ、洞窟の出入り口など、全く見えない。
「だからって、何かに使えるわけでもないがね……」
「そりゃ、洞窟があったってなあ」
「奴隷が、たまにそこを通って逃亡するらしいぞ」
グラルンシャーンの牧場には、主に借金が返せなくなり、グラルンシャーンに身ぐるみはがされたものや、山エルフの罪人で奴隷になったもの、数は少ないが代々の奴隷階級のものなどがこき使われているというのは、ラサンクールも知っていた。昔は各家にも1人や2人は奴隷階級のものがいたというが、グラルンシャーンが独り占めにして久しい。
「それなのに、グラルンシャーンは洞窟のことを知らないのか?」
「興味ないんだろうさ。それに逃亡奴隷は竜騎兵を使って捕らえ、そのそばから処刑してしまうからな」
「ゲーデル山羊の秘密を知っているからな……」
ラサンクールは、それもやむなし、と思った。彼らの感覚では奴隷などそんなものだし、ゲーデル山羊の飼育法の秘密のほうが何十倍も大切だった。もう何万年も前から、そういう価値観だ。
里に戻り、2人は素知らぬ顔でグラルンシャーンに復命をした。グラルンシャーンはいつもと態度が変わらず、機嫌がよいわけでも悪いわけでも無かったが、
「どうだ、ラサンクールよ、せっかくだから、しばらく、お前がダンテナへ通ってはどうだ?」
「え……よろしいのですか?」
「かまわんよ。人間の街が、気に入ったようだしな」
「気に入ったと申しますか……初めて目にするものばかりで、楽しかったのは事実です」
「そうか。ところで、おまえの牧場だが……」
「はい」
「山羊は何頭になった?」
「はい、240頭ほどに」
「よく増えているな、すごいじゃあないか」
「御屋形様ほどでは……」
「その調子で、うまくやってくれ」
「分かりました」
グラルンシャーンに褒められたことなど、これまでにただの1回もなかったことなので、ラサンクールはむしろ薄気味悪かったが、
「これからもダンテナに行けるというのは、良かった」
と思った。もっとも、次に行くのは10年後だが。




