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第14章「きおく」 3-5 立会人

 幸運だったのは、その間にラサンクールと、仲間のうちのミューンシューンという小規模な牧場主が、組合の付き添いでダンテナに行く機会があったことだった。


 これは偶然ではなく、グラルンシャーンの応募にラサンクールが手を上げ、さらに随行にミューンシューンを推薦したのだ。まさか、ダンテナにエルフが行く機会があるとは思ってもみなかったので、ラサンクールは飛びついた。


 ラサンクールとミューンシューンの関係をとっくに知っていたグラルンシャーンは、しかし反対しなかった。


 泳がせた・・・・のだ。


 2人の監視には、なんと卸商組合の人間を買収した。しかし、詳細は知らせずに、ただ様子を教えてほしいという内容だった。


 ラサンクールたちはグラルンシャーン家専属のゲーデルエルフの強力な巫女(ゲーデルエルフ流の神聖魔術師)によって、リーストーン語を理解できるよう言語調整魔術をかけられた。


 タッソの何倍も規模の大きな人間の街に2人は驚き、また感動した。石造りの建物はタッソにもあり、代官所もそれなりに大きな施設だったが、リーストーン城はその10倍以上の規模だった。


 「世の中に、人間ってこんなにいるんだな」


 というのが、ミューンシューンの素直な感想だった。タッソにはグラルンシャーンの設置したエルフの出先機関があり、代理人も常駐しているのでエルフも珍しくはないが、ダンテナでは滅多に見られないので見物人が通りを埋めている。


 「エルフだって、ゲーデルエルフ以外にもいろいろなのがいるらしいぞ」

 ラサンクールが、見物人に手を振りながら、興奮気味にそう云った。

 「へえ……」

 「見てみたいよな」

 「おれは、別にいいや。山エルフの連中だって、気味が悪いくらいだ」


 同じゲーデルエルフでも、もっと高山地帯やゲーデル山の裏側・・にいるゲーデル山岳エルフは、親戚筋のはずなのにもう見た目はまったく異なり、薄褐色肌に銀髪、銀色の瞳をしている。何万年も高山地帯で過ごすうちに、そう変化したか、魔法で変えたのだと云われている。色白に濃い金髪、薄緑の眼のゲーデル牧場エルフとは別のエルフにも見えるのだが、伝承によると先祖は同じらしい。


 「人間も、こんなにいると気持ち悪いよ……」


 2人ともゲーデルエルフ語で話しているのだが、タッソの人間はエルフ語を知っている者もいるので、ラサンクールが、


 「おい、滅多のことを云うな。そう思っていても、口に出すなよ。特に、城の中ではな」


 小声でそう云い、ミューンシューンを小突いた。

 「そ、そうだな」

 ミューンシューンが、取り繕って咳払いをする。


 城の中と云っても、領主に謁見するわけではない。城は領主の住まいであると同時に役所でもあり、城内のとある建物に向かう。エルフ2人と、卸商組合の者が5人の、計7人だった。


 別にエルフが交渉するわけでもなく、役目は立会人りっかいにんだった。主に価格や納期、取扱量などを組合と領主家とエルフとが三者で合意を形成するためのものだ。


 「よく、城の中を見ておけ」

 ラサンクールがミューンシューンにささやいた。


 いざというとき、領主に直訴をするために動線を確認する。できれば城の絵図面が欲しかったが、不可能なので頭に叩きこむしかない。


 今、この場で直訴するという手もあったが、組合の人間がいるし、領主にまともに取り合ってもらえないのは確実だったので、それは端からするつもりはない。


 このように何度か城に入って、顔を売ることから始めるのだ。


 7人は敷地内の建物に案内され、税と物産を管理する場所だと卸商組合の人間が2人のエルフに説明した。


 「今後10年間の長期計画書を提出するんだ、2人はその立会りっかいさ」

 「そうなんですね、では10年に一度は、エルフが?」

 「そうだよ。知らなかったのか?」

 「え、ええ……」


 ラサンクールが微妙な笑みでごまかした。何百年もグラルンシャーンが全てを取り仕切っており、まったく知らなかった。立会人も、グラルンシャーンが選んだ同じエルフが少なくとも100年は務めていた。


 なので、今回、知らないエルフが2人も来たので、組合のものも城のものも、少し不思議がっていた。


 (はて、グラルンシャーンのやつ、今回はどうして急に同行の立会者を募ったんだ?)


 ラサンクールはそう思ったが、

 (……いつものエルフが、急病にでもなったのか……?)

 などと、深く考えなかった。

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